本編④(記憶の否定と引き下がり)
「これさ、去年の秋に行った山梨のぶどう狩りのやつでしょ?」
悠真は、アルバムの中の一枚を指差して言った。
写真には、美咲がぶどうを手に笑っている姿が映っていた。
「え……? なに言ってんの、これ一昨年の写真じゃん」
「え? 違うよ、俺のスマホにもまだ残ってる。日付、去年だったよ」
「違うよ。それは別のやつ。去年は行ってないじゃん、仕事で潰れてたんだから。」
その声は、ほんの少しだけ鋭かった。
語尾を強く押し込まれるような口調。
「……でも、俺、確かに去年行った記憶あるんだけど……」
「悠真、それ、記憶ごっちゃになってるんじゃない?
ほら、そういうのってあるよね。“自分は正しい”って思い込んじゃうやつ。」
その言葉に、ふっと喉が詰まった。
彼女の言うことが、間違っている。
スマホに残っていたあの写真は、去年の日付だった。
仕事が急に休みになって、急遽日帰りで行ったはずだった。
でも、言えなかった。
「……そうか、そうだったかも」
口が、自然とそう動いていた。
その瞬間、喉の奥で何かが詰まるような、かすかな自己嫌悪が広がった。
「なんか最近、物忘れひどくなってるんじゃない? 大丈夫?」
美咲の声は、あくまでも優しかった。
だからこそ、逃げ道がなかった。
言い返せないのは、自分のせいだ。
確認しなかったのも、自分のせいだ。
気づけば、彼女の“記憶”が、この部屋の中での“正しさ”になっていた。
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