本編②(違和感の芽と、閉ざされた空気)

食後、美咲は流しに茶碗を運びながら言った。


「……ごめんね。ほんと、いろいろ任せっきりで」


「いいよ。仕事大変だったろうし。俺は家のことやるくらいしかなかったし」


「ふふ。なんか、家政夫みたいだね」


冗談交じりの声。

でも、その“笑い方”に、どこか引っかかるものがあった。


声のトーンは同じなのに、抑揚のかけ方が微妙に違う。

いつもだったら、最後に少し鼻にかかった笑い声が混ざるのに、今日はそれがなかった。


「……シャワー借りるね」


そう言って美咲は風呂場に向かった。

ドアが閉まる音が妙に大きく響いた。


音を立ててはいない。

けれど、空気が一気に“しん”とした。


静かすぎる。

3日ぶりの再会の夜だというのに、2人の間には“埋まらない空白”があった。


何かが違う。

でも、それが何なのか言葉にできない。



シャワーの音が聞こえた。

以前は、湯船にたっぷりお湯を張って、入浴剤の香りが部屋に広がったものだった。


それが今日は、シャワーの音だけ。

短い。

まるで義務のように済ませた時間。


戻ってきた美咲は、何も言わずに髪をタオルで拭いていた。

そして、そのままベッドへ向かい、寝転がった。


「寝る?」


「うん……疲れたから、今日は早めに」


布団に潜り込んだ彼女は、背中を向けたまま、ぴくりとも動かなかった。


寝息も、聞こえない。


「……おやすみ」


返事はなかった。



リビングの照明を落とし、悠真はソファに腰を下ろした。

夜の空気が、壁にしみ込むように静かだった。


音のない部屋。

暗がりの中で、彼はふと考えた。


――あれは、本当に美咲だったか?

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