第3話『おかえりなさい』

ぼくしっち

本編①(再会と最初のズレ)

「ただいま」


その声を聞いたとき、石田悠真はようやく息を吐いた。

ドアの前に立っていた七瀬美咲は、少し疲れた顔をしていたが、変わらない笑みを浮かべていた。


「おかえり。お疲れさま」


「うん、ただいま。疲れたけど……なんとか片付いたよ」


彼女はIT企業の開発部門で働いている。

リリース直前の修羅場で、3日間家に帰ってこられなかった。

けれど、その間も彼女とはずっと連絡を取り合っていた。

LINEの返信は遅れがちだったけど、電話もしていたし、声だって聞いていた。


だから――


「帰ってこなかった」ことに対する違和感は、まったくなかった。


それよりも、

「疲れただろうな。ゆっくり休ませてあげたい」

そんな思いの方が強かった。


彼女はスニーカーを脱ぎ、ため息混じりにリビングへと歩いていく。

スーツ姿は少しよれていて、髪はまとめたままだった。


「ご飯、作ってあるよ。冷めてるけど、すぐ温める」


「……ありがとう。助かる」


いつもと同じやりとり。

そう思っていた。

だが――


その数分後、違和感は、静かに忍び寄った。



食事を並べ、彼女が箸を取ったときだった。


「今日、これか。懐かしいな……」


美咲が指差したのは、きんぴらごぼうだった。

昔、何度か作ったことはあるけれど、特別な思い入れはなかったはずだ。


「……懐かしいって?」


「え? 初めて作ってくれたとき、すごく嬉しかったよ。覚えてない?」


「……いや、初めて作ったの、ハンバーグだったと思うけど」


「違うよ。きんぴらだよ。あのとき、ごはん焦がしてたじゃん」


ごはんを焦がしたのは、確か2回目の夕飯のときだ。

しかも、そのときのおかずは冷しゃぶだったはずだ。


「……そっか。そうだっけ」


美咲は、ふっと笑った。

「もう、ちゃんと覚えててよね?」


その笑みは、どこか嘘っぽく見えた。


でも、疲れてるんだ。

仕事でずっとピリピリしてただろうし、今はゆっくりさせてあげよう。


そう自分に言い聞かせながらも、

脳のどこかが、ひっそりと警鐘を鳴らしていた。

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