天才JK占い師と28歳童帝

Unknown

【本編】

「あーあ、俺の事が大好きで仕方ない女の人が空からゆっくり降ってこないかなぁ……」


 4月下旬の晴天に恵まれたこの日、アパートの2階のベランダで電子タバコを吸っている俺は澄み切った青空を眺めつつメルヘンな独り言を漏らした。

 学校帰りのカラフルなランドセルを背負った少年少女たちの姿が遠くに見える。彼ら・彼女らの甲高い笑い声が俺の深い孤独をより強調している。

 現在の時刻は午後の3時くらい。

 俺は1人暮らしで日々が寂しいので、どうしても彼女が欲しかった。

 俺の現在の職業は在宅WEBライターだ。

 最近、危機感を覚えている。人生があまりにも孤独で空虚すぎるのだ。元々引きこもりニート歴も長かったし、人混みは苦手だ。今もろくに外出はしないで買い物はネットで済ませることが多い。

 28歳にもなって眉毛の整え方も知らなかった俺は、とりあえず2個下の妹に眉毛の整え方を指南してもらった。ついでにダイエットをして1000円カットではなく美容院に行くようになりファッションも人並みに気を遣うようになった。

 しかし肝心の異性との出会いが一切ない。

 現在、引きこもりながらでも一定の収入が得られるから、自ずと外には出なくなる。そして俺はSNSの類を一切やっていない。

 苦肉の策でマッチングアプリを始めてみたものの、「いいね」はほとんど付かないし、女性とのやり取りも長くは続かない。女性は俺よりもスペックの高い男性をすぐに見つけては俺との連絡を絶つ。ネットで調べたところ、どうやらマッチングアプリ市場では圧倒的に男が余る現象が起きているらしい。なので女性とリアルの世界で会うまで行き着かない。

 それなりに女性経験のある人ですらマッチングに苦戦する事例も多いと聞いて、童貞の俺は元々希薄だった自信を極限まで喪失させた。


「一体どうしたらいいんだ……このままだと俺は一生彼女が出来ずに死ぬぞ……」


 将来的にこのアパートで孤独死する未来がありありと見えてしまい、俺の気分は徐々に鬱々としてきた。


「いや待て、俺は12才の時に1回だけ告られて安田さんという彼女が出来た事がある。安田さんは俺を『面白くて優しくてかっこいい』と褒めてくれた。決して自信を失うな。諦めたらそこでゲームセットだ」


 とはいえ、何をどうすればいいのか分からない……。

 鬱屈とした感情に支配されそうになった俺は気分転換の為にとりあえず外出して、その辺をふらふら歩くことにした。


 ◆


 俺が住んでいるのは比較的田舎だ。だが徒歩圏内に一通り生活に必要な店は全て揃っているので普段はあまり車に乗らない。

 歩道をふらふら歩いていると、やがて俺は初めて見る建造物に遭遇した。

 道端、歩行者にとってめちゃくちゃ邪魔な位置に段ボールで出来た小さな小屋がある。まるでホームレスの住む家みたいだ。昨日まではこんな物は無かった。

 

「……なんだこれ」


 近づいてみると、段ボール小屋の扉には油性のマジックペンで【占い師 愛莉 料金1000円】と小さく達筆な字で書かれていた。

 中にどんな人がいるのかも分からないし、怪しさしか感じないが、何故か妙に惹かれるオーラのようなものを感じた。

 俺は占いを完全なオカルトとして認識しているが、どんな手を尽くしても彼女が出来ないという窮状に瀕している俺は、もはやオカルトに縋るしかない段階に入っているのかもしれない。

 たしか今、財布の中には5000円入っている。1000円くらい払っても全然問題ない。俺は藁にも縋る想いで段ボール製の扉を恐る恐るゆっくり開けた。


「すいませーん……」


 段ボール小屋の中は小さな懐中電灯で照らされている。あと小さな木製の丸テーブルとパイプ椅子が2つあり、奥側の椅子には俺のアパートの近所の高校の制服を着た女の子がいた。暗くて見えにくいが、少女の髪は黒髪ロングで、目はでかい。整った顔立ちだ。

 そして「占い師」と聞いて一般的にイメージしがちな水晶玉やタロットカードなどの類はテーブルの上には一切置かれておらず、まっさらな状態だ。

 というか平日なのに、この子は高校には行かなくていいんだろうか?

 勝手にそんなことを思っていると、女子高生は無表情で言った。


「はじめまして。占い師JKの愛莉です。占いをご希望の方ですか?」

「えっと、はい。でも僕、占いって初めてでよく分からなくて……」

「実は私は全人類の過去と未来を透視することが出来ます」

「え? 本当ですか?」

「はい。私の占い師としての資質を認めてもらうために今から貴方の個人情報や過去を言い当てます。あなたは佐藤涼太。28歳独身。1996年9月24日生まれ。北海道の帯広市出身。幼少期に群馬県に引っ越して以来、現在に至るまで群馬県に住んでいます。学生時代は高校の途中までずっと野球部。最終学歴は専門学校中退。一般企業に1年3ヵ月勤めてから長い引きこもり期間を経て、現在はアパートに1人暮らしで職業は在宅WEBライターです。現在は友達も恋人も居なくて毎日とても寂しい思いをしています」

「え……」


 なんと、全て当たっている……。俺は愕然としてしまい、目を見開いて言葉を失った。俺は今、正直かなりの畏怖を感じている……。

 全てを言い当てた【愛莉】と名乗る女子高生は、凛とした表情で淡々と言った。


「それで、貴方が占ってほしいことは何ですか?」

「ちょっと待ってください。俺の個人情報が全て当たってる……まずあなたは何者なんですか?」

「ただのJKです。でもクラスに馴染めないので不登校です。それで、何を占ってほしいんですか? 1000円で何でも占いますよ」


 俺は全ての過去や個人情報を言い当てられたことで完全にこの女子高生を信用した。なので赤裸々に悩みを打ち明けることにした。


「実は彼女が──」

「──残念ながら、佐藤さんに彼女が出来る日は来ません」

「え」

「他に聞きたいことはありますか?」

「あの、実は僕は童──」

「──残念ながら、貴方は一生童貞のままです。死ぬまで童貞です。彼女も出来ません」

「そんな……じゃあ僕はどうしたらいいんですか?」

「諦めてください」

「嫌です。彼女がどうしても欲しいです」

「そうですか。じゃあ、もうちょっと詳しく透視してみます。……あっ、佐藤さんの彼女になってくれそうな女性が日本全国で2件もヒットしました」

「え、2件? こんなに人口がいて、たった2件?」

「はい。1人目は鹿児島県在住の96歳の高橋キクさん。ババアです」

「めっちゃクソババアじゃないですか」

「今から鹿児島県に移住して介護士になると、佐藤さんは高橋キクさんと親密になり、恋人関係になれます。よかったですね。ですが高橋キクさんはアルツハイマー型認知症が進行しています」

「ババアは嫌ですよ。ちなみにもう1人の彼女候補は誰ですか?」

「山形県在住の飯塚ヨネさん。98歳。ババアです。飯塚ヨネさんもアルツハイマー型認知症が進行しています」

「なんでどっちも認知症のババアなんですか。嘘だと言ってくださいよ」

「無理です。あなたには高橋キクさんか飯塚ヨネさんの2択しかありません。在宅ライターから介護士への転職を強くおすすめします」

「そんな……」

「あと、2人ともアルツハイマー型認知症なのはご高齢なので仕方ないです。私から言えることは、彼女が作りたいなら今すぐ介護士になって鹿児島県か山形県に移住してくださいという事だけです」

「嫌だ……絶対に受け入れられない……ていうか、もはや恋愛じゃなくて介護じゃないですか……」

「まぁ、そうですね。終末期医療です」

「はぁ……」


 絶望した俺は思わず、大きく溜息を漏らして項垂れてしまった。

 すると、占い師の愛莉というJKは、飄々とした口調でこう言った。


「とりあえず、立ったまま話すのもアレですし、座ってください。お話だったら幾らでも聞きますから」

「……はい」


 俺はパイプ椅子を引いてゆっくり腰かけた。そして丸テーブルに両肘をつき、両手で頭を抱えて思いきり俯いた。

 正直言って泣きそうだ。

 俺は俯いたまま小さく呟いた。


「あの、僕は本当に今後の人生でクソババアとしか付き合えないんでしょうか?」

「はい。クソババアとしか付き合えません。残念ながら」

「そんなのあまりにも残酷すぎますよ。僕はもっと若い人が良いです。僕、まだ28歳なんですよ。本当にその2人しか選択肢は無いんですか?」

「無いです」

「嫌だ……」

「でもそれが佐藤さんの運命なので仕方ないです」

「愛莉さんはさっき、全人類の未来が透視できるって言ってたけど、愛莉さん自身の未来も見えるんですか?」

「はい、もちろん。私は現在17歳ですが、21歳で自殺します。なのであと4年しか生きません」


 予想外の言葉に俺は拍子抜けした。


「え……。どうして4年後に自殺しちゃうんですか?」

「全人類の未来が勝手に見えてしまう事を苦痛に感じて、全てがどうでもよくなった私は自殺します。4年後に電車に轢かれて死にます」

「そんな……悲しいですよ」

「何が悲しいんですか? 今初めて会ったばかりの人間が4年後に勝手に死ぬだけの話じゃないですか」

「そりゃそうですけど……あなたが自殺する未来は確定してるんですか?」

「はい。私の透視が外れた事は今まで1度もありませんから」

「そうですか……」

「はい。別に私が死ぬのは悲しいことじゃないです。人それぞれ運命は決まっているので」


 全ての言葉を飄々と語るこの愛莉という少女は4年後、21歳の若さで自殺してしまうらしい……。

 その深刻さと比較すると、俺にクソババア以外の彼女が出来ないことが超ちっぽけに思えてきた。

 俺は純粋に疑問に思ったことを訊ねた。


「愛莉さんは何歳頃から人の過去や未来が見えるようになったんですか?」

「中学2年生のゴールデンウィークでした。おばあちゃんの家に遊びに行った時、おばあちゃんがクモ膜下出血で倒れて急死する未来がいきなり見えて、それが現実になったんです。それ以降、私の身の回りに起きる全ての未来が見えるようになりました。最初は戸惑ったけど意外とすぐに慣れました」

「おばあちゃん亡くなられているんですね」

「はい。ちなみに、佐藤さんが私の初めてのお客さんだという事もさっき的中しました」

「あ、僕が初めての客だったんですか」

「はい。ありがたいことに」

「なるほど」

「ちなみに私は佐藤さんが何歳で死ぬかも分かりますよ。知りたいですか?」

「……あまり知りたくないです」

「そうですか。あと、私さっき嘘をつきました」

「え、なんですか?」

「今、透視し直したら、佐藤さんの彼女候補が2人から3人に増えてました」

「どうせババアなんでしょう?」

「ババアじゃないです。……3人目の彼女候補は、この私です。自分でもびっくりしています」


 俺はその言葉を聞いて、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。

 そして頭が真っ白になった。

 俺は愛莉さんのでかい眼球を見ながら訊ねる。


「え、俺と愛莉さんが付き合うとして、それはどういう経緯なんですか?」

「私の透視能力を信用しきった佐藤さんは今後、私の顧客になります。そして21歳で私が自殺することを事前に知っていた佐藤さんが、私の自殺を駅のホームで止めてくれます。そのあと2人で男女交際をする仲になるみたいです」

「そうですか。じゃあ、愛莉さんは4年後に死ななくて済むんだ。よかった」

「佐藤さんは、私で良いんですか? 私、そのうち高校を中退してニートになる未来が見えてますけど」

「認知症のババアじゃなくて若い子と付き合えるだけで充分幸せです」

「そうですか。ならよかった」

「あーよかった! 俺は愛莉さんと付き合えるんですね! まさか11歳も年下の女性と付き合う事になるとは思わなかったですけど、とにかくババアじゃなくて良かったー!」


 すると、若干笑っていた愛莉さんは急に無表情になり、冷たく述べた。


「あ、ちなみに今の話も、全部嘘です。貴方は私とは付き合えません。貴方には高橋キクさんか飯塚ヨネさんの2択だけです」


 マジかよ……嘘なのか……。


「え、どっちなんですか……。てっきり愛莉さんと付き合えるものだと思いましたが」

「あなたはババアとしか付き合えない運命にあります。期待させてごめんなさい。ドッキリです」

「そんな……」

「仕方ないです。あと私が21歳で自殺する運命も変えられませんし、変えたいとも思いません」

「そうなんですか……」

「あと、自分で言うのも烏滸がましいですけど、私って結構かわいい部類の女子じゃないですか」

「そうですね。かわいい顔立ちだと思います」

「でも佐藤さんはそんなにかっこよくないし正直言って私のタイプでもないです。なので、私とは付き合えません。私とは顔面偏差値が釣り合いません。今すぐに介護士に転職してババアと付き合ってください」

「うーん……そもそも自分は介護業界に関心が無いので、今すぐ転職しろと言われても困るのが事実です」

「じゃあ佐藤さんは一生彼女が出来ません。諦めてください」

「……分かりました。諦めます。納得の行く結果ではなかったけど、しっかり占っていただいたので、1000円支払います」

「ありがとうございます。あと、うちでは現金しか取り扱っていません。なのでペイペイなどの電子決済には対応していません。ご了承ください」

「じゃあこの5000円からでお願いします」


 そう言って俺は財布から持ち合わせの5000円札を愛莉さんに手渡した。


「ありがとうございます。では、お釣りが4000円ですね」

「はい」


 俺は1000円札4枚を受け取る。


「一応これからここで毎日お店を出す予定なので、また何か占ってほしいことがございましたら、立ち寄ってください」

「あの、一応聞きますが、こういうお店を出す時って許諾を取る必要がありますよね? どこかに」

「あ、うちは完全に無許可でやっています」

「大丈夫なんですか? 法律的に」

「大丈夫です。占い師の場合は保健所や警察署の許可は必要ないので。その辺は事前にネットで調べました」

「そうなんですか。じゃあまた何か困りごとがあったら来ますね。今日は占っていただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。ぜひ介護士に転職してクソババアとの素敵な恋愛を楽しんでください」


 そう言って愛莉さんは楽しそうに笑った。小さな懐中電灯に照らされた笑顔がかわいかった。つられて俺も少し笑ったが胸中は複雑だ。『クソババアとの素敵な恋愛』ってなんだよ……。


「また悩みがあったらここに来ます」

「ありがとうございました」


 俺はパイプ椅子から立ち上がり、段ボール小屋から出て、アパートに帰宅した。

 とにかく、不思議な出会いだった。


 ◆


 それからの俺は、悩み事があるたびに愛莉という占い師JKの元に行って占ってもらった。

 基本的に雨が降っている日以外は毎日愛莉さんは段ボール小屋を歩道の邪魔な位置に設置して出店している。愛莉さんが不登校なのは事実なようで、平日の昼間から毎日出店されていた。そして常に高校の制服姿だった。

 ある時、ひどい不眠症に悩まされた俺は、平日の昼間にWEBライターの仕事を中断し、愛莉さんの元を訪れて、相談した。


「愛莉さん。実は最近、不──」

「──佐藤さんの不眠症は一生良くなりません。諦めてください」

「そこをどうにか……」

「貴方は現在、かかりつけの小池メンタルクリニックでリスミーという睡眠薬を貰っていますね」

「はい」

「リスミーからベンザリンという薬に変えてもらうと、多少は寝つきが良くなります」

「なるほど……」

「それと、慢性的に運動不足なので運動をしてください。多少は睡眠の質が向上します。ウォーキングしましょう」

「分かりました」

「1日の目標は1万歩です」

「まんぽ……?」

「くだらない下ネタはやめてください。不愉快です」

「あ、ごめんなさい」

「謝ってくれたので許します」


 愛莉さんは真顔だった。


 ◆


 またある時は、お腹を下しやすくなっていたので相談に行った。


「愛莉さん。実は最近、おな──」

「──佐藤さんがお腹を下しやすくなっているのは、カフェインの摂り過ぎが要因です。ブラックコーヒーの量を減らしてください」

「分かりました」

 

 よく見ると、愛莉さんの姿はいつもの制服姿から、上下グレーのスウェット姿になっていた。まるでニートみたいな格好だ。


「あれ、そういえばいつもの制服はどうしたんですか?」

「こないだ中退したので捨てました」

「あ、本当に中退したんですね」

「高校なんてクソくらえです。あんな同調圧の激しい空間にいることが耐えられませんでした。JKは特に同調圧力が激しいので偏屈な性格の私には友達が1人もいませんでした。何はともあれ、これで私は中卒ニートですね」

「ニートじゃないですよ。占い師として立派に働いてるじゃないですか」

「でも実は私の顧客は佐藤さん1人しかいません」

「え? そうなんですか? 意外です。こんなに当たる占い師、他に居ないのに」

「どうやら建物が移動式の簡素な段ボール小屋だと、怪しむ人の方が多くて、そもそもお客さんが全然来ません。あと集客に向けた努力も全くしていませんし、ここは田舎なので人通りも少ないです」

「段ボールじゃなくて、愛莉さんの自宅とかで営業すればいいんじゃないですか? 看板を出したりして」

「実は私は家族仲が悪いので家にはあまりいたくありません。段ボールの方が居心地が良いです」

「そうですか。でも家族仲に関しては自分でコントロールできるものじゃないから、仕方ないですよね」

「そうです。うちは父親が去年リストラに遭ってから毎日アルコールに依存するようになって家族全体が大変です。佐藤さんは普段、お酒は飲みますか?」

「前はめっちゃ飲んでたんですけど、しばらく前から断酒を始めたんです」

「それはどうして?」

「若い頃からアルコールで何度も体を壊してるうちに自分が情けなくなったんです。俺、なにやってるんだろうって自然と思うようになって断酒をスタートしました」

「そうなんですか。私、お酒を飲む人が嫌いなので、佐藤さんがお酒を飲まない人で安心しました」


 俺は足繁く愛莉さんという占い師の元に通っているが、何気に愛莉さんが自分の身の回りの事をここまで詳しく話してくれたのは初めてかもしれない。少しは俺に心を開いてくれているのかもしれない。そうだとしたら少し嬉しい。

 お腹を下しやすいという悩みを解消してもらった俺は言った。


「ありがとうございます。とりあえず、おな──」

「──お腹を下しやすい原因が分かって良かったですね。佐藤さん」

「お腹で思い出したんですけど、愛莉さんってオナ──」

「──私、女性に平気でセクハラをする人が苦手です」

「あっ、ごめんなさい」

「謝ってくれたから今回は許します。でも今後、私にセクハラをした場合、罰金100万円を徴収します」

「ひゃ、100万円ですか?」

「はい。なので今後、私に対しての一切のセクハラ行為を禁じます」

「分かりました。ごめんなさい」

「それと、とても残念なお知らせがあります」

「え、なんですか?」

「佐藤さんの彼女候補の1人、山形県在住の飯塚ヨネさん98歳が今朝、老衰のために自宅で家族に看取られながら亡くなりました。ご冥福を祈りましょう」

「あ、はい……」

「これで日本に残る唯一の彼女候補が鹿児島県在住の高橋キクさん96歳1人だけになってしまいましたね」

「まぁ、高橋キクさんと付き合う気は無いですけど……」

「そうですか。正直言って私も佐藤さんが鹿児島に行ってしまうと唯一の顧客を失う事になるので、その方が良いです」

「なるほど」

「実は私は最近欲しいバッグがあるので、佐藤さんがいなくなると、その資金が稼げなくなります」


 愛莉さんの口から【欲しいもの】を初めて聞いた俺は、反射的にこう言った。


「いつも感謝してるので、バッグくらいならいつでも買いますよ。占い代とは別に」

「それは嫌です。私、人から優しくされるのが苦手なので」

「え、なんでですか?」

「見返りを求められるからです。佐藤さんはそんなことしないと思いますが『バッグ買ってやったんだから、その分の見返りを寄こせ』って言われるのが嫌なんです。だから私が欲しい物は私の力で稼いだお金だけで買います」

「なるほど。分かりました」

「本来、人の優しさは見返りを求めないものであるべきです」


 愛莉さんは若いのに考え方がしっかりしている。全ての人の未来が見えてしまうからか、他人に対する警戒心も強いし、そもそも他人を信用していないのかもしれない。未来が見えるという事は、心も見えてしまうという事だ。

 超能力を持つが故に彼女なりの生きづらさを感じているに違いない。


「あと佐藤さん」

「なんですか?」

「最近の物価高に伴い、次の占いからは料金を1000円から1500円に値上げさせてもらってもいいですか?」

「あ、全然いいですよ。むしろ1500円でもだいぶ安く感じますけど。もっと高くても僕は悩みがあったらここに来ますよ」

「……それは私の良心が咎めます。そもそも私は大した事をしていないのに、人からお金を貰うのは申し訳なくて……」


 愛莉さんはとても謙虚な性格でもあった。


 ◆


 それからも俺は悩み事が出来るたびに愛莉さんの元へ通った。

 大体、週に1回、多い時は2回。大した悩みじゃない時でも俺は愛莉さんを頼った。ある時、愛莉さんが「占い以外の稼ぎ口が無い」と言っていたからだ。

 高校中退後、パン屋や花屋で少しだけバイトをしていたようだが、全ての未来が見えてしまう愛莉さんは、客からの理不尽なクレームや同僚からの悪口まで全て事前に予測できてしまい、それが辛くてどんな仕事も長続きしないらしい。

 俺と彼女が会うのはいつも歩道に置かれた段ボール小屋の中だけで、他の場所で出会った事は1度も無かった。連絡先も交換したことが無いし、彼女がどこに住んでいるのかも知らない。

 ある時、俺が趣味で描いているイラストがスランプ状態になって液晶タブレットのペンすら全く握れなくなった。

 それを相談しようと愛莉さんの元に赴くと、愛莉さんは段ボール小屋の中で大泣きしていた。

 こんなに感情的になっている愛莉さんを見るのは初めてだったので、俺は相談そっちのけで愛莉さんにこう訊ねた。

 

「えっ、どうしたんですか?」


 すると愛莉さんは鼻をすすってハンカチで涙を拭きながら、嗚咽を漏らしつつ小さい声でこう言った。


「明日、私のお母さんが『愛莉なんて産まなきゃよかった』って言うんです。私が高校を中退した後、どのバイトも長く続けられないから……」

「そうなんですか……お母さんは愛莉さんが占い師として収入を得てる事は知ってるんですか?」

「知りません。そもそも私の家族は、私が全人類の未来が見えることを誰も知りません」

「なんでですか? 言えない理由があるんですか?」

「はい。言えない理由はあります。私が家族の未来を言い当てたところで、誰も幸せになれないからです。不幸な未来が来ると分かっていても、私にはそれを回避させる能力は無いんです」

「……」

「現に、私は貴方を不幸にしました」

「え?」

「一生彼女が出来ないって言って、貴方を不幸にした」

「……まぁ、かなりショックではありましたけど、不幸って言うほどでもないですよ。普通に暮らせてるし」

「あと佐藤さんは一生童貞です。そう言って貴方を不幸にした。貴方の人生から希望の光を奪ってしまった。私はお母さんの言う通り、産まれるべきじゃなかった最低の人間なんです」

「絶対そんなことありません。良いことだって沢山ありました」

「なんですか?」

「占い師と客という関係ではありますが、僕たちはこうやって知り合えたじゃないですか。それは僕にとって良いことです。それに、なんでも悩み事が話せる相手がいるのは生活の中で大きい希望です」

「そうですか。そう言ってもらえると占い師をやっててよかったなと思えます」

「愛莉さんの存在は僕にとっては大きいんですよ。自信持ってください」


 俺が本心からそう言うと、愛莉さんは泣きつつも笑顔を浮かべた。


「なんか、佐藤さんの前で泣いたら少し気分が楽になりました」

「そうですか。よかった」

「あと非常に残念なお知らせがあります」

「なんですか?」

「今朝、佐藤さんの最後の彼女候補だった高橋キクさん96歳が老衰により亡くなりました。これでもう日本では佐藤さんの彼女候補は消滅しました」

「愛莉さん、今、『日本では』って言いましたよね? つまり、海外には僕の彼女候補は居るんですか?」

「……はい。今、透視したら世界に1人だけ彼女候補が見つかりました」

「どの国の誰なんですか?」

「韓国のソウル在住のキム・ジョンヒさん、93歳です」

「あ、いずれにせよババアなんだ……」

「はい。いずれにせよクソババアです」


 そう言って愛莉さんは笑った。

 俺も少し笑った。

 愛莉さんはハンカチで涙を拭いつつ、笑顔でこう言った。


「──それで、今日の悩み相談は何ですか? 佐藤さん」

「僕は絵を描くのが子供の頃からの趣味なんですが、実は最近スランプで──」


 ◆


 ~4年後の4月下旬~


 ◆


 俺が初めて愛莉さんと出逢った日から、あっという間に4年が過ぎていて、俺は32歳、愛莉さんは21歳になっていた。

 最初は小さな段ボール小屋で行われていた占いだったが、徐々に客足が増えた事から店舗型へと変化していた。

 群馬県内で最も大きな駅、T駅前の雑居ビルの2階のフロアの一角が愛莉さんの占い師としての店舗になっている。ネットやSNSでの口コミが広がり、今では県外からのお客さんも頻繁に来るのだとか。

 徐々に占い師としての圧倒的な才覚が世間に認められていく愛莉さんの姿を見ているのは純粋に嬉しかった。

 そして何より、そんな天才占い師の人生初の客が俺だという事実が嬉しくて仕方ない。

 あと愛莉さんの占い通り、俺は32歳になっても彼女が出来る気配は一切なく、在宅WEBライターとして細々と生活している。

 それでも悩み事が生まれた時は今も愛莉さんに逐一占ってもらっていた。

 だが、1つだけとても気がかりな事がある。


「──私は21歳の時に電車に轢かれて自殺します」


 と4年前に言っていたのが、どうしても頭から離れない。最近は寝ても覚めてもその事ばかり考えてしまう。

 愛莉さんの未来の透視は全てが的中する。

 だが、どうしても愛莉さんの自殺という未来だけは回避したかった。

 俺は愛莉さんの誕生日を知らない。だが、初めて出逢ったのが4年前の4月下旬だったという事は覚えている。そして今は4年後の4月下旬……。つまりその当時17歳だった愛莉さんは、現在21歳なのだ。いつ自殺してしまってもおかしくない。

 俺と愛莉さんは、単なる客と占い師の関係だ。それ以上踏み込んだことは今まで1度も無かった。だが俺は勝手に、客と占い師という関係以上の絆のようなものを感じていた。

 ある日、俺は居ても立っても居られず、T駅前の雑居ビル内の愛莉さんのお店へと足を運んだ。

 平日の昼間の事だった。

 愛莉さんは高校を中退して以降ずっと占いの時には上下グレーのニートみたいなスウェットを着ている。今日もそうだった。

 薄暗く狭い個室の中で俺と愛莉さんは2人で向かい合い、喋り始めた。


「あ、佐藤さん。こんにちは。今日はどんな悩み事ですか?」


 いつも通り淡々と聞かれた俺は、単刀直入に、淡々と言う。


「愛莉さん、4年前に初めて逢って会話した日の事、覚えてますか?」

「とてもよく覚えてます。なにしろ佐藤さんは私の生まれて初めてのお客さんですから」

「あの日、あなたは21歳の時に電車に轢かれて自殺するって僕に言いましたよね?」

「はい。言いました」

「それで今、21歳ですよね?」

「つい先日21になりました」

「僕の今の悩みは、愛莉さんが21歳で自殺してしまう事です」

「そうですか。でも、運命なのでしょうがないです。悲しまないでください」

「そもそも、どうして死にたいんですか」

「言語化が難しいですが……なんか、もう、全部どうでもよくなっちゃって……生きるのが憂鬱で……」

「そうですか……」

「はい」


【なんかもう全部どうでもいい、憂鬱だ】と感じてしまうのは俺も実は一緒だ。

 俺は高校時代から友達すら1人も出来たことが無い。10代の頃からずっと社会には適合できなかった。ずっと疎外感や孤独を1人ぼっちで抱え込んで生きてきた。どうせ生きてたっていいことなんて何もない。むしろ苦しいことや虚無感を感じる場面だらけ。

 俺の場合、4年前の段階で愛莉さんから「貴方は一生彼女ができないし一生童貞だ」と宣告された。

 最初はもちろんショックだったし絶望もした。

 だが、絶望を超えた先に【何か】が見えてきたような気もする。32歳になって、ようやく、絶望の向こう側にある【何か】の存在に気付いたのだ。だが32歳の今はまだ、その【何か】が一体なんなのか、言語化するのは難しい。

 死にたくなるほどの諦め、諦観、絶望、孤独、憂鬱。

 だけど人生はそこで終わりじゃない。

 憂鬱や孤独の先には、絶対に続きがある。そこにあるものは絶望でも希望でもない。闇でも光でもない。ネガティブでもポジティブでもない。でも、【何か】があるのは間違いない。

 その【何か】の存在に俺は32歳にもなってようやく気付き始めている。もしかしたら愛莉さんと二人一緒なら、その【何か】の正体を明確にできるかもしれない。

 だから俺は、愛莉さんにまだ生きていてほしいと強く願う。これは俺の完全なエゴなのかもしれないが……。

 でも、この感情こそが、異性を好きになるという事なのだろうか? 俺にはよく分からない。

 愛莉さんはこの世の全人類の未来、つまり全人類の心が見えてしまう。

 その孤独や絶望感たるや、きっと俺の想像を絶するものだ。

 ……俺には愛莉さんの自殺を止める権利などあるのか?

 そんな疑念が幾度となく胸中に去来するが、とりあえず俺は愛莉さんに死んでほしくない。それだけだ。

 俺の人生には愛莉さんがどうしても必要だ。もうこの際エゴでもいい。

 

「どうしたんですか佐藤さん。急にボーっとして」

「いや、なんでもないです。関係ないですけど愛莉さんって普段は電車通勤ですか?」

「はい」

「普段は何時頃に退勤するんですか?」

「ここの営業が21時30分までなので、そこから1人で雑務をこなして、T駅から電車に乗るのが大体22時15分くらいですね」

「いつも何番線で帰ってるんですか?」

「3番線です」

「3番線ですね。分かりました」


 俺が無表情でそう言うと、何故か愛莉さんの表情はライトが点いたように急にパッと明るくなった。


「あ、そういえば私、今日の仕事が終わったら3番線に乗って遠くに行く予定があるんですよ」

「……それって、遠くなんですか?」

「はい、とても遠くです。とても。とても」

「分かりました」


 とても遠く、というワードから俺は真っ先に【死】を連想した。

 今日、愛莉さんは電車に轢かれて自殺する予定なのだ。

 愛莉さんなりに超わかりやすく自分の意志を伝えてくれた。ならばここからは俺の自由にさせてもらう。

 覚悟を決めた俺はあえて、超どうでもいい悩みを愛莉さんに伝えることにした。


「あ、実は最近、1キロ太ってしまいました。どうしたらいいですか?」

「痩せてください」


 愛莉さんはそう言って笑った。なので俺も笑ってこう言った。


「そういえば僕たちも長い付き合いになりますね」

「そうですね。とっても長い付き合いです」


 ◆


 占いを受けた後、その日の夜まで俺はT駅付近で時間を潰し、22時頃に切符を買ってT駅の3番線ホームに立った。出来るだけ目立たないように、長いホームの端っこの方に立つ。

 ここで待っていれば、やがて上下グレーのスウェットを着た愛莉さんが階段を下りて現れるはずだ。

 

「……」


 俺は大きな柱に隠れつつ、階段からホームに降りてくる人々を注意深く観察した。きっとそのうち仕事を終えた愛莉さんが来る。

 そう思って待っていると、いつもの上下グレーのスウェットを着た愛莉さんがホームに現れた。

 何故か愛莉さんは顔をキョロキョロと動かして、挙動不審になっている。

 俺はサッと柱に隠れて、気付かれないようにゆっくり歩いて、愛莉さんの背後3メートル付近に立った。

 スマホで時間を確認すると、22時13分。

 

『──間もなく3番線ホームに列車が参ります。危険ですので黄色い線の内側でお待ちください』


 と恒例のアナウンスが鳴り響く。

 俺は背後から愛莉さんの様子を注視する。

 ガタンゴトンと列車が高速でホームに近づく轟音がする。

 すると、愛莉さんは注意喚起のアナウンスを無視して、ゆっくりと線路に向かって歩き始めた。

 なので俺もゆっくり歩いて、電車がホームに到着する前に愛莉さんの細い腕を静かに弱い力で掴んだ。

 すると、愛莉さんは後ろの俺を見ることなく、前を見たまま、


「やっぱり」


 と小さく呟いた。

 俺はとても弱い力で愛莉さんの腕を掴んだまま、思いの丈を吐き出した。


「上手く言えないけど、やっぱり俺、愛莉さんに死んでほしくないんですよ。これから先も、俺のこと占ってほしいんですよ。一緒に居たいんですよ。全然上手く言えないけど、俺、愛莉さんには、死んでほしくないんですよ。俺は今、すごく弱い力で腕を握ってます。だから、死のうと思えば死ねます。俺はあなたの自殺を止める権利がありません。死ぬのは愛莉さんの自由です。でも俺は、愛莉さんに……」


 気の効いたセリフは何一つ出てこない。俺の想いを伝えていると、途中から、何故かボロボロ涙が出てきた。涙で視界が滲む。俺は周りの人が全く気にならなくなる。今この世界には愛莉さんと俺しかいない。

 依然、愛莉さんは前を見たままだ。


「どうしてそんなに泣いてるんですか? 佐藤さん」


 愛莉さんはいつも通りの淡々とした口調だ。俺は鼻水をすすって、ボロボロ泣きながら言う。


「言ったじゃないですか。どうしても、愛莉さんに死んでほしくないんですよ」

「そうですか」

「はい。ごめんなさい」

「謝らないでください。全部分かってたことです」


 やがて、駅のホームに電車が完全に停車したから、俺は愛莉さんの腕から手を離した。

 すると愛莉さんは振り返って、無表情で俺の目を見た。

 直後、彼女は笑顔になって薄ピンクのバッグの中からポケットティッシュを出して、何枚も俺に渡してくれた。

 

「泣きまくりじゃないですか。佐藤さんが泣いてるところなんて初めて見ました。はい、ティッシュ」

「ありがとうございます」


 俺はとりあえず滂沱の涙を拭いて、鼻をかむ。

 帰りの電車が来たのに、愛莉さんは乗る気配が無い。


「……電車来ましたよ。帰らなくていいんですか?」

「大丈夫です。この次の電車で帰ります」

「そうですか」

「あと私、佐藤さんと4年前に初めて会った時から今まで、ずっと大ウソをついてました」

「なんですか?」

「私が21歳で自殺するっていうのが、まず1つ目の大ウソです」

「え、愛莉さん、もっと長生きしてくれるんですか?」

「はい」

「よかった……」


 俺が泣きながら安堵すると、愛莉さんは続けてこう言った。


「そしてもう1つの大ウソは、佐藤さんの彼女候補の話です。高橋キクさんと飯塚ヨネさんの2人しかいないって言ってたけど、実は日本にもう1人だけ佐藤さんの彼女候補がいます」

「誰ですか?」

「私です」

「え? でもそれは嘘だって、4年前に初めて会った日に言ってましたけど」

「だから、それが嘘なんです。今までずっと嘘ついててごめんなさい」

「じゃあ俺は、将来的に愛莉さんと付き合うんですか?」

「はい」

「どうして、4年前から今日までずっと俺には彼女が一生できないって嘘ついてたんですか?」

「4年後に本当に私が自殺をしようとした日に、もしも佐藤さんが助けに来てくれたら、その時に全ての真実を話そうってずっと決めてたんです。そして今日、本当に助けに来てくれた。だから真実を話しました」

「愛莉さんは、俺なんかで良いんですか?」

「はい。実は初めて会った時から、ずっと貴方がどんな人なのか気になってました。でも、今日やっと佐藤さんがどんな心の持ち主なのか本当の意味で分かりました」

「そうですか……。愛莉さんと俺がいつか付き合う事になるなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」

「ストーリーのネタバレをしたら超つまらないじゃないですか。映画でも小説でも、なんでも」


 愛莉さんは笑っている。


「それは、そうですね」

 

 俺は泣きながら笑って同意した。


「私、占い師とお客さんっていう関係じゃなくて、個人的に1人の人間として佐藤さんと仲良くなりたいです。まずはお友達から始めてみませんか?」

「はい、俺も最初は友達からが良いと思います」

「じゃあ、とりあえずLINE交換しましょうよ」

「はい、ぜひ。……んん? あれ? LINEってどうやって交換するんでしたっけ。人類とLINEを交換するのが久しぶり過ぎて忘れました」

「あ、ホーム画面の友達追加のところを押して、私のQRコードを佐藤さんの方で読み取ってもらえます? それが早いです」

「えっと……友達追加……?」

「貴方は初めてスマホに触ったジジイですか」

「ははは。すいません」


 愛莉さんと俺はその場でスマホを取り出して、互いの連絡先を初めて交換した。(俺のせいで無駄に難航したが……)

 LINEを交換した直後、愛莉さんが質問してきた。

 

「あの、佐藤さん。今度予定が空いてる日っていつですか?」

「俺はある程度は自分でスケジュールを決められる仕事なので、愛莉さんの都合に合わせますよ」

「私のお店、水曜と木曜が定休日なんです。そのどっちか、2人で食事に行きませんか? あと、この辺りに私の好きな隠れ家的なカフェがあるんです。そこで色々お話したいです。あとカラオケ行きたいです。今まで言ったことなかったけど、私、ヒトカラが趣味なので」

「おお。いいですね。ヒトカラはストレス発散になりますよね。俺も好きです。実は俺、2人でヒトカラ行くの生まれて初めてです」

「あ、私も実は複数人でヒトカラ行くの生まれて初めてなんですよ。今まで仲のいい友達とか1人も居なかったし」

「そうなんですか。じゃあお互いに未知の世界ですね。とりあえず水曜か木曜のどっちかは空けておきますよ」

「ありがとうございます。あと佐藤さん、これからはお互いに敬語で喋るのはやめませんか? 敬語だと他人行儀って感じがしますし」


 その提案を受けた俺はほんの僅かに逡巡し、笑ってこう言った。


「……わかった。そうだね。これからはお互いタメ語で行こう」

「うん。私もそうする。……でもなんか超変な感じがする」

「俺も変な感じがする。でも、ゆっくり慣れればいいよ」

「そうだよね。ゆっくり慣れたらいいよね」

「あと、俺のことは佐藤さんじゃなくて涼太でいいよ。俺もこれからは愛莉さんじゃなくて愛莉って呼び捨てで呼ぶから」

「私、人を下の名前で呼ぶのに慣れてないから恥ずかしい」

「俺も恥ずかしい。でもゆっくり慣れよう、愛莉」

「そうだね涼太。……なんか、変な感じがして気持ち悪い」


 楽しそうに愛莉は笑っている。

 周囲は多くの人々の往来があるが、今の俺の目には入らない。

 やがて、電車は次の駅を目指して発車した。

 春の優しい夜風が俺の濡れた頬を撫でて、心地いい。

 ふいに、俺は1つ気になった事ができたので、天才占い師である愛莉に1つ質問した。


「ねえ愛莉」

「なに?」

「俺たち、これから一緒に幸せになれるかな?」

「それは死ぬまで内緒。だってストーリーのネタバレしたら超つまんないじゃん」


 そう言って愛莉は微笑んだ。

 そんな愛莉の目にも涙が溜まっている。

 俺は愛莉にポケットティッシュを無言で手渡した。











 ~終わり~

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天才JK占い師と28歳童帝 Unknown @ots16g

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