作品集「泡沫の旋律」

外並由歌

1. 自鳴琴

お昼の放送 〜Let’s enjoy lunch time!〜

 十二時四十二分。

 まずい、四十五分まであと三分しかない。

 俺は一刻も早く牛乳とみそ汁とヨークを平らげなくちゃいけなかった。


…+ Monday eとeの妹の話 +…


 十二時四十五分。

 いつもの曲が校内に響き渡る。

 なんとかこの時間に間に合った、と思いながらも牛乳パックをたたんだ。


『ハァ~イ、みんな元気!』

『なに肯定してんだよ、フツー疑問形だろ!』


 早速始まった。

 うちの学校の昼の放送は……なんつーか、すごい。テンションが違う。

 いつも喋ってる二人はこの学校の有名人だ。とはいえこの時間は偽名で呼び合っているため、その二人が誰なのか、知っている者はいなかった。お昼の時間にいない人はたくさんいるので、余計に。

 導入のBGMがいつのまにか止まっている。機械係のナイスなタイミングはいつも脱帽モノだ。その曲がパイレーツ・オブ・カリビアンのテーマ曲なのはつっこんではいけない所だ。さらに喋りの二人がウィル、エリザベスと呼び合っていて、たまにジャックがあーだ、バルボッサがどーだと言っているのもまた、口を出してはいけないという暗黙のルールがある。言っておくがエリザベスは司会、ウィルは解説、それぞれちゃんと女と男だ。

 ちなみに俺の調査で機械係がバルボッサと呼ばれているのは分かった。


『叩かなくたっていいじゃん!』

『バカ、ボリュームでかい!』


 プツン、と切れる放送。おそらく今、放送室ではエリーとウィルの口論が繰り広げられているのだろう。まもなく再開する。


『…えーっと気を取り直して今日の特集は、怖い話でっす!』

『…で、今日の話はなんだよ』

『これは友達のeの話です。ある夜、eはモゾモゾという音で目が覚めました。eの寝床は二段ベッドで、下では妹が寝ています。音は下からで、妹がベッドから下りたのがわかりました。水でも飲みにいくのかなと思い私は目を閉じましたが……』

『私? eの話じゃねーのかよ』

『ぅぅういいや!? 原稿読んでるだけよ!』


 はじめの方が日本語じゃない上、明らかにあやしい。思わず噎せてしまった。斜め前の大森も牛乳を吹いたようだ。だから四十五分までに汁物は飲んでおくべきなんだ。

 せき込む声が教室で多発する中、話は続く。


『ギシ、ギシ、という音がするんです。それはよく聞きなれた音でした』

『はしごか?』

『そう! はしごなんです! 自分のベッドの。おかしいな、と思いそちらを見るとそこには長い髪をたらした妹の姿が! “何かに憑りつかれた!?” eは驚いて思わず名前を呼びました。“えりか! えりか!”』

『名前出してんじゃん』

『うわ、まちがえた!』


 主人公を偽名にしたのにその妹の本名を言ってしまうエリーはさすがだ。大森は口をおさえながらスピーカーに向かって「待って」のポーズをしている。そんなことをしてもエリーとウィルは止まらない。『てかeお前だろ』『ちがうわ! あ、まってのど渇いた』正直こっちからすれば牛乳をプレゼントしたいくらいだ。飲みたくても飲めない。


『えーと、んじゃ、“妹! 妹!”』

『それヘンだろ!』

『えー!? じゃあ……“e! e!”』


 ショッカーかよ。エビフライの衣がのどに引っかかってつらい。


『いや、eお前だろ』

『だって妹えりかだもん!』

『……お前じゃん、e。』

『ちちっちがう! eは……』

『んでどーなったんだよ』

『あのねぇ、妹は“……ん?”って。』

『……つまり寝ぼけていたと』

『そう! そーゆーこと!』

『それ怖い話じゃないし。ウケ話は木曜だから』

『だってメチャメチャ怖かったよ!?』

『eお前だろ』


 間違いなく今、校内の全員の心が通じ合った。eはエリーだ。


 そんなこんなで給食が終わる。教室はすでに笑いが止まらなくなった者たちがそれぞれの席で机をたたいたり腹を抱えていたり。

 俺も、その一人だったりした。



…+…



「終わったぁ~」


 放送室で伸びをする女子生徒。校内ではエリーと呼ばれ、親しまれている。「今日、みんな聞いてたかなあ?」

 彼女は隣の機械係の男子生徒に話しかける。普段、放送中には「バルボッサ」「バル」と呼ばれているが、その実体は愛らしい少年だ。


「まあ、普通に考えて聞いてた人はまともに給食食べれてないでしょうね」


 にっこりと笑む。まったくその通りだ、とため息を吐く男子生徒ウィル。


「またジャックに叱られるじゃん。俺次呼び出し行かねーぞ」


 ジャック、とは放送委員の担当教師のことだ。放送開始の曲はジャックが選んだものらしい。

 えぇ、来てよォ…と言いながら髪を三つ編みに結い直すエリー。これは普段のテンションとこの時のテンションを分けるためだ。「あぁ~、またいつものマジメさんにならなきゃいけないのか~…しゅう、たすけてー」

「そんなにいつものキャラが嫌ならいつもそのテンションでいればいいだろ」ウィル――修は、めんどくさそうに答える。


「何よー、修だってキャラ作ってるくせにー外ではー」

「俺はそっちの方が都合がいいからそーしてんの」


 放送のメンバーは皆それぞれの理由で、普段は別のキャラクターを装っていた。だから関係者以外にはメンバーが誰だかわからないのだ。


「それじゃあ修、華弥かや、お先に失礼しますね」

「あ、うんまたねー和季かずきちゃん」


 バル、もとい和季は天使の笑顔でぺこっと頭を下げて出て行った。

 華弥は髪を結び終わり、先ほど修と戦闘を繰り広げた際の制服の乱れを直すと食器を載せたトレーを持ち上げて、落ち着いた笑みを見せた。


「じゃあ、また明日に。先に失礼するね、山岸君」


 華弥が出ていくと修はそちらを見、ため息をつく。


「キャラ違いすぎだっての……」

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