親切な男 [ショートショート]
アケビ
親切な男
「なんてことだ……」
Aは母国と離れた異国の地に立ち尽くしていた。
ポケットの中いつもの感触が感じられない。
財布が見つからないのだ。
来た道を戻り血眼で財布を探す。
Aは一生懸命にためた金を財布に入れて初めての一人旅にやってきていた。
そんな時に大事な財布を失う。例えようもない恐怖と危機感が胸の裡に広がっていった。
「だめだ。全然見当たらないぞ」
「あの……」
不意に声をかけられた。
「何かお探しですか?」
Aが振り向くと、物腰柔らかそうな男が立っていた。
「実は財布を無くしてしまって」
「なるほど。難儀ですね。私でよければ手を貸しましょうか?」
Aは少し逡巡し、答えた。
「ありがたい。お願いします」
「どのへんで無くなりました?」
Aはその問いについてもう一度よく考える。
残念ながら心当たりはなかった。
「それが全く分からないのです」
「そうですか……」
2人がかりで空港まで遡り探してみたが財布は影も形も見せなかった。
ふいに男がこんなことを言った。
「仕方がありません。私のお金をお貸ししましょう」
「え? いいんですか」
慮外の言葉にAは驚いた
「いいんですよ。ただ、いまはお渡しできるお金がありません。一度家に帰らせてもらいます。」
男はおもむろにスマートフォンを取り出した。
「電話番号をお聞きしてもよろしいですか? 帰ったら連絡するのでその時に都合のいい場所や金額をお教えください。」
「わかりました……」
Aと男は地下鉄の改札前にいた。
「本当にありがとうございました」
「いいんですよ。感謝したいのはこちらのほうです」
(手伝ってもらった立場でこんな言葉をもらえるとは。本当に親切な人だ)
Aはあらためて感謝を述べ、男を見送った。
彼の持つ袋の中に自分の財布が入っていたことには最後まで知る由もなかった。
親切な男 [ショートショート] アケビ @saku35
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