第7話

幸い、二人とも大事にはならなかったが、病院にお世話になることにした。

もちろん、事故の連絡は父親に行った。

だが、当然見舞いにくることもなく次の日になる。


大架はそこまで大きな怪我ではなく、そのまま引越しの件は保留にしてそこらへんのホテルに泊まることにした。

一方、紗倉は骨折とゆう大きめな怪我であってもその日のうちに退院することを決めていた。

「流石にもう少しお世話になった方がいいんじゃないか?」

大架はそう聞いたが、紗倉は言うことを聞かない様子だった。

「ここで入院なんてしたらあのクソ親父の保険金入るじゃん。そしてどうせ私に使わないだろうし」

紗倉がそう思うのも無理はないだろう。

大架や他の兄弟よりも父親と一番長く過ごしてるのは紗倉だ。

『もうあいつの思惑通りにはさせない』

その言葉に意思が強く現れている。

「あいつの顔なんて見たくないけど、一回実家に帰るよ。まだやりたいことあるから」

大架はその決定に少し驚きながらも、妹の意志を尊重し、彼女が無理をしないように気を配りながら一緒に帰ることにした。

車椅子と松葉杖をもらい、病院を後にする。


「お前、本当に大丈夫なのか?」

大架はく車椅子に座る妹に確認するが、紗倉は強く頷く。

「うん、大丈夫。骨折は治るから、少しだけ様子見だよ。あの場所に戻るのが嫌だけど、これからどうするか決めるためにも、顔を出しておくべきだと思う」

妹の目には、どこか決意と覚悟がにじんでいた。

それを見た大架は、妹が感じているであろう緊張感を理解し、また自分自身も少し不安を覚えていた。


二人は最寄りの駅から歩いて実家へ向かう道を歩く。

大架は無言で歩きながら、妹の歩調に合わせて足を進める。道沿いに見える懐かしい景色に、大架の心は少し重くなった。


「この道も久しぶりだな」

大架はふと呟くと、紗倉も黙って頷いた。

「うん。あの頃とは何もかも変わったけどね」

紗倉の声には、少しだけ寂しさが混じっているように感じられた。

彼女は過去の出来事を思い出しているのだろうか。

しかし、彼女の表情は決して弱くはなく、強い決意に満ちていた。


やがて実家に到着すると、二人はドアを開けた。

家の中は静かで、何も変わっていないように感じた。

しかし、大架はその静けさに少し違和感を覚えた。

「父さんは?」

大架は部屋の中を見渡しながら聞くが、紗倉は黙って首を振った。

「知らない。多分、家にいないと思う」

紗倉の言葉通り、父親の姿は見当たらない。

「じゃあ一旦手合わせてくる」

大架はそう言って、母親の仏壇へと向かう。

線香を立てて、手を合わせる。

「ただいま」

目を瞑り、声に出す。


二人はとりあえずリビングに腰を下ろし、しばらく黙って座っていた。

「……父さんが来たら、どうする?」

大架は心の中で警戒を高めながら、妹に尋ねる。

だが、紗倉はすぐに答えることなく、少しだけ考えてから答えた。

「そのときは、そのときだよ。もう私は、父親の顔を見ても何も感じなくなったから」

紗倉の言葉には、もう恐れや不安はないようだった。

大架はその強さに驚きながらも、妹の成長を感じ取ることができた。


「ちょっとやってほしいことがあるんだけど、いい?」

紗倉は少し照れたように言った。

その顔に、何か遠慮しているような表情が浮かんでいるのが、大架には分かった。

「何だ?」

大架が尋ねると、紗倉は少し黙った後に言った。

「部屋の片付け、手伝ってほしいんだ。引越しの準備を、ちょっとだけ」

大架はその言葉に驚きつつも、妹が言いたいことを理解した。

「引越しの準備って、まだ早いんじゃないか?」

紗倉は小さく息を吐きながら答える。

「うん、でも体がこんな状態だから、無理に動けないし。ちょっとでも整理しておきたいんだ」

その言葉に、大架はしばらく考え込み、そして頷いた。

「分かった。手伝うよ」

紗倉は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、お兄ちゃん」

二人はリビングを出て、紗倉の部屋に向かう。

部屋のドアを開けると、少し散らかったままの部屋が広がっていた。箱や袋が積まれ、片付けられずにいるものも多い。

「引越しってこんなに大変なんだな」

大架は少し驚きながら、部屋の様子を見渡した。

「うん、まだ途中なんだけど…何から片付けたらいいか分からなくて」

「それなら、俺が整理するよ。どうすればいい?」

紗倉は少し考えた後、部屋の隅にある大きなダンボールを指さした。

「まずは、これを整理してほしいんだ。この中には私の本や大事なものが入ってるから、ちょっとだけ手伝ってもらえたら助かる」

大架はうなずきながら、そのダンボールを手に取る。

中身を見てみると、いくつかの本と一緒に写真や小物が入っているのが見えた。

紗倉がそれらをどう扱うか、気になるところだった。


「これ、覚えてるか?」

大架が一枚の写真を取り出し、紗倉に見せる。

写真には、小さな頃の兄弟全員が写っており、その中には母さんもいた。

紗倉は少し顔を赤らめながら、その写真をじっと見つめた。

「うん…懐かしいね」

二人はその写真を手にしながら、過去の思い出を振り返った。


その妹の部屋の中に、見慣れないものもあった。

机の上に広がるモニター。

その下にはデスクトップPCが置かれていた。

「買ったのか?」

その指摘をすると、妹は何やら挙動不審になっていた。

「ま、まあそんな感じかな」

大架は「そうか」と小さく呟き、パソコンに手をかける。

その瞬間、パソコン画面は開く。

そこには見慣れた二次元の画像が広がっていた。

「?お前これって?」

一瞬、脳が追いつかなかった。

だが、その一瞬で全てを理解する。

関西弁、強い精神力。

そして、何度も聞いたことのある声。

全ての点が線で繋がった。

「紗倉って、桃花めるる、なの、か?」

困惑しながらも、妹にそう聞く。

妹は少し言いごもりながらも、口を開く。

「うん。私が『桃花めるる』本人だよ」

その言葉を聞いた瞬間、なんだかよくわからない気持ちに襲われる。

「いや、マジか」

これまでのしんみりとしていた空気とは打って変わって、なんだかバカらしくなってきた。

「いやー、そのな?」


大架は今まで配信を見ていたこと、コメントもしていてSNSにも出ていたことを話した。

「はああ?????」

当然の反応だ。

「コメントで見かけてた『めめ』ってお兄ちゃんで、それでデビューから配信を見ていた???」

「ごめん、何言ってるか全然わからないんだけど」

妹は頭を抱えていた。

それもそのはず、兄に見られていたとゆう事実を受け止めきれないのだろう。

配信を身内に見られている事実は、形容し難い恥ずかしさがあることだろう。

「でも…どうして気づかなかったの? だってあの関西弁とか、話し方、絶対にわかるじゃん」

紗倉が指摘すると、大架はしばらく黙って考えてから答える。

「意外と気づかないもんだよ。いや、確かに関西弁とか話し方も似てるけど、それがまさか妹だとは考えなかったからさ。なんだろう、ずっとネットの向こうの世界だと思ってたんだよな」

大架は何だか腑に落ちない様子だったが、紗倉はそんな彼を見て少し笑った。

「まあ、いろんな意味でびっくりだよね。私も正直、こんな形でバレるとは思ってなかったけど」

「だな。まさかの展開だよ。でも、今こうやって知っちゃったわけだし、これからどうする?」

大架が真面目な顔で問いかけると、紗倉は少し考え込みながら答えた。

「うーん、どうするって… まあ、もう隠し通せないし、これからどうするかは、正直もう少し考えるかな。配信活動は続けるつもりだし、もしリスナーの中で知ってる人がいたら、少しびっくりするかもしれないけど」

「本当に大丈夫か?」

「うん、大丈夫。お兄ちゃんがリスナーだって知っても、私は配信をやめたりしないよ。ただ、ちょっと恥ずかしいだけ」

そう決意を固め、妹の部屋で引越しの準備を済ました。


「じゃあ明日また来るから」

大架は玄関前で靴を履いていた。

「いや、大丈夫だよ。引越し決行はまた別日にしよう?」

妹はそう言っていた。

だが、大架は口に出さないだけでかなり心配をしている。

親父のせいでもあるが。

「わかった。じゃあまた今度な」

大架はそう言って、立ち上がった。

心配ではあるが、紗倉はしっかりと考えを持って過ごしている。

今更こんな心配は無用だろう。

「うん」

妹はそう一言だけ言った。

大架は実家を後にした。

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