第七話 招かれざる客
あるとき、私達がいる辺境の地に王都からの商人がやってきた。
「素晴らしい家ですね。見たこともないものばかりだ」
「貴様、何をしにここに来た?」
「最近、この地で見たこともない道具を作っている人がいると聞きましてね。どんなものがあるか見に来たのですよ」
商人がエアコンの室外機に手を触れた。その途端、マリアが商人を睨み付けて怒った。
「勝手に触るな! 壊れたらどうする」
「これは失礼。それより、どなたです? これらを作ったのは」
私は溜息を吐いた。
誰が情報を与えたか分からないけど、この商人は完全に取引しようとしている。ここに在るものは全て電気で動く電化製品。そのまま持って帰っても何も役に立たない。この様子だと、そのことを理解していないように思える。
この商人は一体何がしたいんだ。
「私よ」
「おや、貴女は確か、グランヴェル公爵様のご令嬢のシルヴィア様ではありませんか」
商人が深々と頭を下げた。でも、私は動じない。
「言っておくけど、ここに在るものはここでしか使えないわよ」
「そうなのですか? いや~、てっきり使えるとばかり思っておりました。残念ですなぁ」
マリアがイライラしている。早く帰した方がいいな。
「悪いけど、貴方と取引はしないわよ。さあ、帰って」
「帰りたいのは山々なのですが、何かひとつ持ち帰らないと店主に怒られるんです」
「そんなこと知らないわ。私は取引しないと言っているの。いいから帰りなさい!」
つい怒鳴ってしまった。けど、商人は帰ろうとしない。何を企んでいるんだ?
「往生際が悪いですね。何で取引しないのですか? お金が入るのですよ」
「だから、簡単に作れるものじゃないの。貴方こそ往生際が悪いわ」
商人が何か考えている。
どんな悪巧みを考えているのか分からないけど、取引は絶対にできない。だって、ここにある全てのものはこの世界のものではないのだから。
「……仕方がありませんね。では、こうしましょう。何かひとつくだされば、金貨十枚を差し上げます」
「貴方、聞いていたの? 帰れと言っているの」
「そんなに邪険にしないでください。私はエレナ様から取引ができると聞いて来ているのですから」
エレナ? 私の婚約を破棄させた張本人の?
あの女、何を勝手に。クリフォード様との結婚が駄目になったことを私のせいだと思った?
それより、どこでここの情報を得た?
まさか、ここに来た誰かが教えた?
一体誰よ、教えたのは。
「エレナと言ったわね。私と彼女の関係は知っているの?」
「はい、存じ上げております。親しいご友人と」
親しい友人? また嘘を!
「エレナは嘘を言っているわ。私は彼女の友人じゃない」
商人がびっくりした表情を浮かべて、口元を右手で隠した。
「では、どういうお関係で?」
「ただの赤の他人よ。何を聞いて来たの? 貴方」
「申し訳ありません! てっきり、ご友人で話が通じるとばかり思っておりました」
「……今日のところは許すけど、次来たら許さないから」
「わっ、分かりました!」
商人が尻尾を巻いて逃げた。
やっと終わった。一方的に話していたから何かと思えば……、エレナが勝手に取引できると商人に話していたのね。まったく、常識がなさすぎるのも考えものだわ。
「シルヴィア様、お疲れ様です」
「マリア、もう帰ったわよ。怒らないで」
「何ですか? あいつは。シルヴィア様にあることないこと言って」
「色々誤解があったみたいよ。エレナと無関係だと言ったら尻尾を巻いて逃げたわ」
意味の分からない商人だったけど、ここにある便利なものに目を光らせて見ていた。もしかすると、ここにある便利な道具を見に来ただけかもしれない。でも、一体誰がここに来させたんだろう。あの商人が独断で来たとは思えない。きっと黒幕がいる筈だ。
「油断できないわね。マリア、何か盗まれていないか確認してくれる?」
「分かりました。ちょっと見回ってきます」
スレナが家から出てきた。
彼女にも教えておいた方が良いかもしれない。よし、情報共有しよう。
「スレナ、ちょうど良いところに」
「どうしました? あと、先程の人は一体何者ですか?」
「私を親しい友人だと勝手に言った貴族令嬢が、私と商売ができると勝手に商人に言ってここに来させたの。でも、安心して。帰らせたから」
「貴族令嬢ですか? 名前は?」
「エレナ・クレナントよ。私の婚約を破棄させた張本人」
スレナが溜息を吐いた。迷惑な客が来たことを残念に思っているのだろうか。それとも何か知っている?
「エレナ・クレナントと言えば、貴族や王家の男性に媚を売っている女ではないですか。シルヴィア様、相手にしなくて正解です」
スレナが相手にしなくて正解と言うなら、間違ったことはしていないということになる。あの商人、しつこそうだったから良かった。
「シルヴィア様!」
「マリア、何か盗まれていなかった?」
「全てありました。大丈夫です」
「そう……、良かった」
まあ、盗んだとしても王都では使えないから別に良いけどね。それより、あの商人は何をもらおうと考えていたのだろう。冷水筒とかフライパンとか王都でも使えるものを欲していたのかな。でも、それらは私が作り出したもの。構造や材質が分からないと作れない。
「まあ、シルヴィア様のご友人だと言えば、顔が利くと思ったのでしょう」
「それも迷惑だけどね。さあ、各自仕事をしましょう」
今回の招かれざる客はなんとか撃退できた。今後、こんなことがなければいいな。
「さて、新居の家具を準備しようかな」
私は住んでいる家に戻り、自室にこもって新居に置く家具の設計に取り掛かった。
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