第四話 婚約破棄

 成人式のあと、ロイ様から色々な情報が提供された。クリフォード様の浮気相手はやはり、エレナ・クレナント。クリフォード様に媚を売り、婚約破棄するようにお願いしているようだ。もちろん、私は彼女を責めない。悪いのは全部、私の至らぬ点。そのことをロイ様に伝えたら、婚約破棄後のフォローは任せてくれと言われた。正直、複雑な気持ちである。


 「……何が駄目だったんだろう」


 お買い物や外食など色々誘ってみたけど、クリフォード様からの返事はいつもノー。忙しいの一点張りで相手もされなかった。それなのにエレナとデートしている。もしかして、初めからそのつもりだったのかもしれない。なら、潔く身を引くしか他ない。


 「シルヴィア様、どうなさったのですか?」

 「サラ。もし、婚約者が浮気をしていたらどうする?」

 「浮気ですか? その時はこちらから婚約破棄を申し出ます」


 こちらから婚約破棄を申し出るか。簡単そうで難しい。


 「もしよ。私が婚約破棄を申し出たらどうなる?」

 「シルヴィア様からですか? 怒られると思います」

 

 怒られるか。でも、クリフォード様はエレナとデキている。逆に喜びそうだな。


 「サラはクリフォード様の噂は知っている?」

 「はい、存じ上げております」

 「逆に喜びそうじゃないかしら。私はそう思うのだけど」

 「確かに喜びそうですね。でも、そんなことをしたら最低な人間だとレッテルを張られます」


 喜ぶのは評判に影響する。そう簡単に喜ばないか。


 「やはり、エレナが行動を移さないと駄目か」

 「エレナ? その方が浮気相手ですか?」

 「そうなのよ。伯爵令嬢なのだけど、頭が良く回る人らしいの。困ったわ」

 「シルヴィア様、相手方が動くのを待ってはいかがですか」

 

 相手方が動くのを待つ。その方が無難か。


 「そうね。そうするわ」

 「お役に立てて光栄です。さあ、紅茶を」

 「頂くわ」


 辺境の地に旅立ったら、サラの紅茶も飲めなくなる。私一人で何ができるかまだ分からないけど、自由気ままにスローライフを送りたい。そして、創造主様から授かった力を発揮したい。私の野望の為に早く動け、エレナ・クレナント。


 

 コンコン。



 「はい、どなたですか?」

 『アノスだ。シルヴィはいるか?』


 お父様だ。何だか慌てている。


 「どうぞ」

 

 扉が開いたと同時にお父様が慌てて手紙を私に差し出してきた。

 何だろう。


 「シルヴィ、見てみろ」

 「これは……」


 クリフォード様からの手紙だ。しかも内容は、婚約破棄をしたいとの申し出。それと、一度会って話をしたいと書かれている。

 まさか、現実になるとは。急いでヴァリアント城に赴かなければ。


 「お父様、行きましょう」

 「そうだな。まったく、クリフォード様も人が悪い」


 私はお父様と玄関に向かい、馬車に乗り込んでヴァリアント城に急いだ。




                   *




 ――ヴァリアント城の城門に辿り着いた。城内が何やら騒がしい。

 

 「お父様、城内が騒がしいですね」

 「婚約破棄を申し出たんだ。使用人も黙っていないだろう」


 馬車を降り、玄関まで歩く。そこで、ロイ様が護衛を連れてやってきた。


 「シルヴィア様!」

 「ロイ様、こんばんは」

  

 何を悠長に挨拶しているんだろうと思われるかもしれないが、既に予測済みなので慌てることはない。冷静な女だと思われるだろうか。


 「兄が婚約破棄を申し出たと聞きました。大丈夫ですか?」

 「大丈夫ですよ。前々から分かっていたことなので」

 「ですが、体面があるでしょう」

 「確かにプライドを傷付けられましたが、前々から分かっていたことなので平気です」

 「そうですか。それなら良いのですが」


 お父様が相槌を打ってきた。早く行かないと。


 「ロイ様、急ぎたいのですが」

 「すみません。では、一緒に参りましょう」


 ロイ様がいれば百人力。だって、ロイ様が浮気の詳細を教えてくれたのだから。


 「シルヴィ。言っておくが、反抗的な態度はとるな。相手を刺激したら大変なことになる」

 「分かっております。お父様」


 廊下をしばらく歩いたところで玉座の間の前に辿り着いた。

 この奥にクリフォード様や国王様、エレナがいる。覚悟を決めよう。


 「アノス・グランヴェル公爵、馳せ参じました。娘のシルヴィアも同行しております」

 『入るがよい』

 「失礼致します」


 扉を開けて中へ。

 玉座の近くにエレナとクリフォード様が身を寄せ合って立っている。


 「アノスよ。急な申し出、申し訳ない」

 「ご心配をお掛けし、こちらこそ申し訳ありません」


 エレナが一瞬笑ったように見えた。心の中の顔が見えたかもしれない。それより、動揺するのは駄目だ。


 「シルヴィア様。突然の申し出をしてしまい、すまない」

 「クリフォード様、これはどういうことですか?」

 「君も噂は知っているだろう。俺はこの人を愛してしまった。すまないが、婚約は破棄させてもらう」


 自分勝手で自己中だな。相手にする必要はない。


 「そうですか。婚約破棄を受け入れます」


 素直に応じたことが面白くないのか、エレナが顔を真っ赤にして怒っている。

 

 「貴女はクリフォード様を弄んだだけでなく、浮気をしたのですよ。自覚がおありなのですか?」

 「浮気? 誰とです?」

 「そこにいらっしゃるロイ様です!」

 

 ロイ様と浮気? 何を勘違いしているんだ。


 「それは勘違いです。私はロイ様とお付き合いしておりません」

 「では、コソコソ何をしていたのですか?」

 

 はあ……、これだからぶりっ子は。


 「あなた方の情報を提供してもらっていただけです。交際していたわけではありません」

 

 エレナが黙り込んだ。でも、婚約破棄は成立している。もう終わりだ。


 「アノス。この状況どう思う?」

 「クリフォード様の心を射止められなかった娘にも非があります。この際、仕方がないでしょう」


 国王様がこちらを向いた。

 私の意見も聞くのか。これは怖い。


 「シルヴィアはどう思う?」

 「確かにクリフォード様の心を射止められませんでした。私にも非があります」

 「そうか。素直に引き下がるか」

 「はい」


 クリフォード様の顔が真っ赤だ。何で怒っているんだろう。そちらからの申し出なのに。

 

 「では、クリフォードとシルヴィアの婚約は破棄とする。尚、こちらからの申し出ということもあり、アノス公爵に賠償金を支払う。いいな? アノス」

 「はい、慎ましく受け賜わります」

 「では、これにて婚約破棄の件は終了とする」


 お父様の隣に並んでお辞儀をした。その時――――。


 「シルヴィア、最初から分かっていたのか?」

 「はい、噂が流れておりましたので」

 「賠償金目当てで婚約破棄を待っていたな! この女狐め!」


 いきなり何なんだ。凄い言われようだな。これがクリフォード様の本性か。


 「そんな恐れ多い。私はただこうなることを覚悟していただけです」

 「覚悟だと? 嘘を吐くな!」

 「嘘は言っておりません。ロイ様のお陰で覚悟が決まっていたのです」

 

 クリフォード様が押し黙った。この場合、一方的に責め立てている、クリフォード様が悪い。


 「クリフォード、見苦しいぞ。やめよ」

 「ですが、この女は!」

 「いい加減にしろ! お前から婚約破棄を申し出たのだろう!」

 「ですが!」

 

 言いたいことはいっぱいあるよね。それ分かる。だけど、私を悪者に仕立てようとしているのは痛いほど分かる。


 「お父様」

 「すみません、国王陛下。私達はこれで」

 「アノス、すまない。何かあったら連絡してくれ」

 「はっ!」


 お父様と一緒にお辞儀をし、その場から立ち去った。


 「ふぅ……、やっと終わった」

 「お父様、ご迷惑をお掛けしてすみません」

 「シルヴィは悪くないよ。だけど、何であんなに怒ったんだろう。悔しがっている顔を見たかったのかな?」

 「そうかもしれません」


 ロイ様が責められなければいいけど。心配だ。


 「シルヴィ、本当に気にするなよ」

 「分かっております。お父様」


 私は配慮してくれているお父様と肩を並べて城門に向かった。

 

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