4. 村長さんの孫娘
読み書きを習い始めて早半年。簡単な文章くらいなら問題なく読めるようになってきた。
ただ、肝心な教本の翻訳作業については難航している。
何せ専門用語が多い。虫食いで翻訳しながら、わからない部分を試行錯誤しながら埋めていくといった感じだ。
最近は村長も翻訳に協力してくれている。もっとも、村長も最低限の読み書きしかできないので、二人でうんうん唸りながら教本を眺める羽目になるのだが。
「す、スピカ……です。よ、よろしく、おねがいします」
「……えっと」
しかし、今日もいつも通り村長の家に行ったら新顔が参加していた。俺と同年代くらいの可愛い女の子だ。
オレンジ色の髪をポニーテールにまとめていて、活発な印象を与える。今は緊張しているのか、俯き気味にもじもじしているが。
一体この娘は何者……いや、何となく想像は付くけども。
「この娘はワシの孫娘のスピカだ。
嘘だッ! と喉のギリギリまで出かけたが何とか耐える。村長め、子ども相手にここまでするか?
このままでは外堀を埋められ、なし崩し的にこの娘を嫁にすることに――
……あれ、別に悪い話じゃなくない?
この娘の両親の顔は知らないが、将来美人になること間違いなしという感じの顔立ちをしている。性格は知らないが、ぱっと見の印象としては悪い娘には見えない。
辺境の村なんて嫁探しも大変だろうし、そもそも前世で彼女すらできたことない俺が女性を口説けるかというと……。
…………。
「ノヴァです。よろしくね、スピカ」
数少ない同年代の友達として仲良くしておいた方が良いよね、うん! 決して、この機会を逃したら二度目の生涯独身が見えたとかではない。いいね?
「はっはっは、これでこの村も安泰だな」
いや、ご満悦のところ悪いけど、いずれ村を出て行くからね。だって働き口がないし。
◇
スピカが来て少し経ったが……何というか、犬っぽい娘だ。
午前中に村長の家に行ってから夕方に家に帰るまで、ずっと俺の後ろをついて回ってくる。尻尾のように揺れるポニーテールが、さらにその印象を助長しているようだ。
今も薪を拾う俺の真似をして、小さな枝を拾っている。ちなみにこれは村長の家の分だ。毎日お世話になってるんだから、これくらいはね。
スピカはトコトコ歩いては薪を拾い、またトコトコ歩いては薪を拾うを繰り返している。
……いや、可愛いな。決してロリ〇ン的な視点ではなく、こう庇護欲的な感じでね?
決して不埒な真似など致しませんとも。前世では転んだ子どもを助け起こそうとしただけで、防犯ブザーを鳴らされたからなぁ……俺のトラウマの一つである。
「……さて」
俺はおじいさんではないので、ただ芝刈りに来ただけではない。この時間は、教本の翻訳できた部分を実践する時間でもある。
前は家で深夜にやっていたのだが、しこたま怒られたからな。あれは怖かった……。
なので、最近は昼間の森でやるようにしている。ここならば何かあっても影響はない……はず。
「ノヴァくん、なにしてるの?」
俺が何をしているのか気になったのだろう、枝を片手に持ったスピカが首を傾げながら尋ねてきた。
「えっと……そうだなぁ、魔法を使う準備をしてるってところかな」
「まほう!」
魔法という単語を聞いて、スピカが目を輝かせた。枝をポイっと放り投げ、駆け寄ってくる。
「わたしもまほうつかいたい!」
「え、うーん……」
「だめ……?」
「……一緒にやってみようか」
「うん!」
涙目になられると弱い。娘のワガママを聞いてしまう父親の気持ちがわかったような気がした。
教本を開いて、数ページめくる。半年かけて、たったこれだけしか翻訳が進んでいない。これが魔法に関する本じゃなかったら、すでに心が折れていただろう。
ちなみに、今回試してみるのは『より多くの魔力を集める方法』について。
半年前は蛍の光くらいの魔力しか集められなかった俺だが、今は線香花火くらいの量を集められるようになった。え、誤差の範囲?
とはいえ、ちゃんとした魔法を放つには到底足りない。具体的な量はわからないが、それなりの量を集められるようにならなければ。
そのためにも、教本を読みながら実践へと突入する。どれどれ……。
『まずは深く息を吸ったり吐いたりしながら、心を落ち着かせます』
ふむ。俺がゆっくり深呼吸をすると、隣でスピカも真似をし始めた。
『身体の力を抜き、自然の音や香りなどに意識を向けます』
ふむふむ。
『魂を自然と重ね合わせ、少しずつ己を外の世界へと広げていきます。やがて内なる魔力の波が、根源的な世界への入り口を開き――』
「わかるか!」
「きゃっ!?」
「あ、ごめん」
思わずツッコんだ俺の大声に、スピカが驚いてしまった。でも、キレてしまった俺は悪くないと思う。
そもそも『魂を自然と重ね合わせ』の時点で無理だわ。人はそんな風にできてません。
「の、ノヴァくん、おこってるの……?」
「いやいや、怒ってないよ? ただ、この本に書いてあることがちょっと変だったから」
再び涙目になったスピカをなだめる。くそぅ、全てはこの本の作者が悪い! こんな説明じゃ誰も魔法なんか――
パラ……。微かに風がそよぎ、教本が一ページ分だけめくれた。
『なお、やり方や効果には個人差があるので、自分に合ったやり方を見つけましょう』
「何だそれはああああぁぁぁぁ!!」
「ふええぇぇ――!」
「あ、ごめん! 怒ってないから泣かないで!」
俺の怒号に怯えて、とうとう泣き出すスピカ。俺は彼女を必死になだめながら、「むしろ教本がない方が魔法使えるようになるんじゃね?」などと考え始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます