2. 異世界転生した意味
その日、普段は行商人すらめったに来ない村に珍しい客が訪れた。
五人組の若い男女だが、全員が武装しているため明らかに目立つ。警戒心と物珍しさから、全村人が集まってしまった。
「初めまして皆さん、僕たちは冒険者パーティー『金狼』の者です。僕はリーダーのフレッダと言います」
そんな中、高そうな鎧を身につけた金髪の青年が話しかけてくる。いかにもモテそうな爽やかイケメンだ。羨ましい。
しかも、よく見ると男はこいつ一人だけ。他は全員が若い女性という完全なるハーレムパーティーである。俺がかつて、異世界に夢見た光景が目の前にあった。
「こ、これはご丁寧にありがとうございます。……して、このような辺境の村に何用でございましょう?」
こっちは村長が代表として応じる。御年七十歳を超える、この村の知恵者だ。
しかし、片や豪華な鎧の若いイケメンで、片や質素な出で立ちの老人。何とも両極端な二人である。
「実は依頼でこの裏の森に入るのですが、今晩だけ村に泊めていただけないかと。もちろん対価はお支払いします」
「おお、そうでしたか……! 大したおもてなしはできませんが、どうぞお泊りください」
「ありがとうございます」
フレッダが礼を言うと、他の女性たちも小さく頭を下げる。てか、マジで綺麗な人ばかりだな。もしかしなくても、全員このイケメンと「そういう関係」なのだろうか。
あまりの勝ち組っぷりにリゲルまで目を輝かせて……いや、あれは初めて目にした本物の冒険者に興奮しているだけだな。
俺だって、フィクションの存在でしかなかった冒険者に出会えて興奮はしている。けど、それよりも絵に描いたようなハーレム野郎に気を取られて仕方ない。
農村だから
「……ん?」
ふと、パーティーの陰に隠れるように立っている女性のことが気になった。あまり目立ちたくないのか、フードを深く被って顔を見せないようにしている。
……まぁ三歳の子どもである俺の視点からは丸見えなんだけど。よく見ると、とんでもなく美人なのにもったいない。
「では、僕たちは森を軽く下見してきますね」
「そうですか。浅い所なら危険はほとんどありませんが、どうかお気を付けて」
「ええ、もちろん」
フレッダと村長の話が終わり、ハーレムパーティーは森へと入っていく。フードの女性も、やや遅れてその後をついて行った。
「はぁ……」
何だか改めて現実を突き付けられた気分だ。持つ者と持たざる者、前世と同じ……いや、遥かにシビアな格差社会というものを。
その場からハーレムパーティーがいなくなり、村人たちも各々の仕事場へと散って行く。両親もすでに家に向かっているし、俺も帰ろうと思ったのだが――
「あれ?」
先ほどまで隣で目を輝かせていたリゲルがいない。辺りを見回すと、ハーレムパーティーの後を追って森の中へと入っていく後ろ姿が見えた。
うわぁ……まさか、自分もパーティーに入れてくれとか言い出すんじゃないだろうな? 冒険者に憧れているリゲルなら十分あり得る。
「……連れ戻すか」
さすがに、実の家族が他人に迷惑をかけるのは見過ごせない。リゲルの後を追い、俺も森の中へと入る。
村長が言った通り、浅い場所なら危険はほとんどない。日頃から母さんと一緒に、野草や薪などを取りに来る場所だ。
適度に日当たりも良く、見通しも決して悪くない。だから、すぐにお目当ての人物は見つかった。
「おれもいっしょにつれてってくれ! ぼうけんしゃになってちょうゆうめいになるんだ!」
おぉう……予想通りすぎるというか何というか。そこにはフレッダの右脚にしがみつきながら、必死に懇願するリゲルの姿があった。
「ハハハ……それはさすがに無理だよ。君のような子どもを危険な場所に連れて行くわけには――」
「やだ! ぜったいにいく! ぼうけんしゃになるんだ!」
「……チッ」
その
フレッダは、リゲルがしがみついたままの右脚を大きく振りかぶり……思い切り振り抜く。子どもの腕力では耐えきれず、リゲルは勢い良く吹き飛ばされた。
「あぐっ!」
背中を大きな木の幹に打ち付けられた後、地面へと落ちるリゲル。フレッダは倒れ込んだリゲルの顔を覗き込み、先刻の爽やかさが嘘のようにドスの利いた声で言った。
「お前みたいなガキが冒険者になれるかよ。ここで一生、畑でも耕してろ」
「う、うぅ……」
痛みと恐怖でリゲルが涙を零す。フレッダはさらに追い打ちをかけようとして――
「やめなさい、フレッダ。それはただの弱い者いじめよ」
フードを被った女性の制止によって止まった。忌々しそうに舌打ちをしながら、フレッダは口を開く。
「チッ、メリディアナはお優しいことで。……興が削がれた、行くぞ」
フレッダが森のさらに奥へと向かっていく。他の女性たちもそれに続くが、メリディアナと呼ばれたフードの女性だけはその場に残っていた。
メリディアナさんはリゲルへと近付くと、その場に屈み込んでフードを取る。その中から現れたのは、人の
ま、ままままさか……エルフ!? この目で見られる日が来るなんて!
「――、――」
メリディアナさんが小さく何かを呟くと、リゲルの身体へ蛍のような光が集まってきた。いったい何をする気か、と警戒していたが――
「あ、れ……いたく、ない?」
「もう大丈夫。怪我は治したから……痛い思いをさせてごめんなさい」
優しく微笑みながら、メリディアナさんがリゲルの頭を撫でる。リゲルは一瞬呆けていたが、徐々にその顔を赤く染めていった。
……俺は、少年が初恋をする瞬間を目撃してしまったかもしれない。
いや、そんなことよりもさっきの
実は本物の魔法を見たのは初めてだ。魔法が生活に取り入れられていると言ったが、それはあくまで都会の話。こんな田舎では、まずお目にかかる機会はない。
何せ魔法を使うのにも相応の知識と訓練が必要らしく、まともな魔法を使える者はかなり重宝されるのだとか。
身体の奥から「何か」が湧き上がってくるのを感じる。それは、この世界に転生してからずっと抑え込んでいた衝動。
「あ、あの……!」
「え? ……ああ、もしかしてこの子の弟さんかしら?」
「お、俺に、魔法を教えてください!」
「…………え?」
せっかく異世界に転生したのに、無双もハーレムもできそうにない。ならばせめて……せめて魔法だけでも使ってみたい。ショボくたっていい、この世界に生まれた意味が何か欲しかった。
「……悪いけど、私が村にいるのは今夜だけよ。たったそれだけの時間で使えるようになるほど、魔法は甘くないわ」
「そこを何とか! せめて練習法だけでも!」
「…………ハァ、似た者兄弟ね」
メリディアナさんは大きなため息をつくと、肩に掛けていた鞄から一冊の本を取り出した。差し出されたその本を見ると、年季が入っていてかなりボロい。
「……これ、私が子どもの頃に使ってた教本。きっと
「あ、ありがとうございます!」
「……応援してるわ」
最後に微笑みながら俺の頭を撫でて、メリディアナさんはフレッダたちを追って行った。
しばらくその後ろ姿をボーっと眺めていたが、手に持った本の重みを思い出して慌てて表紙を開く。
これで、俺も魔法を使えるように――
「字が読めない!」
無意味って、こういうことか!
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