1. 転生したら農家の次男だった件

 俺が異世界に転生してが経った。精神年齢にいたっては、すでにアラフォーである。


 三十六歳フリーター男の記憶を残したまま赤子からやり直すというのは、なかなかにショッキング――もとい刺激的な経験だった。


 思い出すだけでも……うっ、頭痛が。とりあえず食事とトイレは鬼門とだけ言っておこう。


 ま、まぁいい。とにかく俺は、あの神様が言っていた通りの中世ファンタジー風の世界へと転生した。


 この世界には普通に魔法があって、人々はそれを生活に取り入れている。その上、ファンタジーな種族や魔物とかもいるらしい。


 まさしくネット小説で読んでいたような理想のファンタジー世界だ。いよいよ俺の大冒険が幕を上げる!


「さ、今日の晩飯を取りに行くよノヴァ」

「あい」


 ……などと思っていられたのは、生後一年くらいまででした。


 俺がノヴァとして新たな生を受けて早三年。すでに理想の異世界ライフへの期待はなくなっていた。


 いや、農家って! 次男坊って! 普通こういうパターンって、貴族の子どもとかに生まれ変わるんじゃないの!?


 人の命を救ったご褒美とは到底思えない……しかも、神直々に「チートはねぇ」って言われちゃってるし。つらたん。


「ノヴァは、きちんとお手伝いして良い子だね。それに比べてリゲルときたら……」

「あはは……」


 森の中で野草などを採りながら、俺のこの世界での母がそうこぼす。恰幅の良い、いかにも「肝っ玉母さん」って感じの人だ。


 ちなみにリゲルとは五歳離れた俺の兄で、我が家の跡取り息子。やんちゃ盛りというか、しょっちゅう家の手伝いをサボっては叱られている。


 そして俺はというと、薪として使えそうな細い枝などを拾い集めている最中だ。ガスも電気もないので、こういった燃料となる物は必需品となる。


 ……中世ファンタジーに憧れてたけど、実際はめちゃくちゃ不便なんだな。すでに前世の生活が恋しくなってきた。


「うん、これくらいで十分だね。帰るよノヴァ」

「あい」


 まぁ言っても仕方ない。すでに俺はこの世界で生きているのだから。


          ◇


 その夕方。

 

「ギャ――――!」

「このバカタレ! いっつもいっつもサボってばかりなんだから!」


 母さんの鉄拳がリゲルの頭に炸裂する。思わずこちらも顔をしかめるほどの鈍い音と、リゲルの断末魔のような悲鳴が響き渡った。


 しかし、リゲルも毎日毎日懲りないものだ。俺ならあの拳骨一発で心をへし折られる自信がある。


「ま、まぁまぁ、そこまで思い切り殴らなくても……」

「あんたも! ちゃんとガツンと言わないから、この子が言うことを聞かないんだよ!」

「ご、ごめんなさい」


 父さんが母さんをなだめようとしたが、かえって火に油を注ぐ結果となった。この人、農家でバリバリの肉体労働なのにヒョロいもんなぁ。気も弱いし。


 我が家のヒエラルキーは母さんが圧倒的トップ。そして俺たち男三人衆は横並びの最底辺。戦闘員A・B・Cみたいなものだ。


 なので、俺は巻き込まれないように夕食の鍋の番。三歳の子どもがやることか? と思いつつも、焦げ付かないように混ぜ続ける。


「ったく、またいつもの遊びかい?」

「ち、ちげーし! つよくなるためのとっくんをしてるんだ!」

「特訓?」

「おおきくなったら、むらをでてぼうけんしゃになる! そんでドラゴンとかをたおしまくって、ちょうゆうめいになるんだ!」

「あんたそりゃ、おとぎ話に感化されすぎだよ……」


 冒険者! ドラゴン! 何て心が踊るワードなんだ!


「うちみたいな辺境の農家には縁のないことだよ。明日からは手伝いしないとメシ抜きだからね」

「そんなー!」


 母さんの言葉に、踊っていた心が「調子に乗ってサーセン」と意気消沈してしまった。


 そうだよね。チートも何もない農家の息子が冒険者になったところで、ドラゴンどころかゴブリンと競い合うくらいが関の山だ。


 ちなみにゴブリンは、お約束を裏切らない最弱クラスの代名詞。たまにが村に現れて、大人が数人がかりで袋叩きにすることがあるという。南無。


「少しはノヴァを見習いなよ。まだ三歳なのに、あんたよりよっぽどしっかりしてるってもんだ」

「あんしんしろよノヴァ! おれがぼうけんしゃになったら、うちのはたけはおまえがついでいいぞ!」

「あんたは、まだ言うかい!」

「ギャ――――!」

「あはは……」


 普通ならば長男のリゲルがうちの家と畑を継ぎ、俺は家から出て行くことになる。新しく土地を開墾するか、後継ぎの男子がいない家に婿入りするか……本当にリゲルが冒険者になれば話は別だが。


 どちらにせよ、異世界転生ドリームなんて存在しない。あれはチートという名の特典ズルがあってこそだとよくわかった。


「ご飯ができたよー」

「ありがとね、ノヴァ」

「おお、うまそー!」

「この子は、もう……」


 豊かではないかもしれないが、食べる物はある。賑やかな家族もいる。それで十分幸せじゃないか。そう自分に言い聞かせた。


 ――だから想像していなかった。この数日後に、俺の人生を左右するほどの出会いがあるとは。

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