07 同居生活、開始。

 アシュレイはフリルドマーニュ中の関係部署を回ってルカの保護者を探してみたのだが、結果としては空振りに終わった。


「これからよろしく頼む」

「ああ……仕方ない、よな」


 昨日の嵐が嘘のような晴天のなか、アシュレイはがっくりと肩を落としながら町を歩いた。

 さすがにルカを探していた両親と感動の対面、とまではいかなくとも手がかりのひとつでも手に入れば、と思っていたのだが何ひとつ得られなかった。


 不思議なことに、港にも昨夜の大雨で船が難破したという話は届いていなかったのである。耳が早い漁師たちや観光船の乗組員たちも何も知らないというし、官憲の詰所にも赴いたのだが収穫はなし。「希望があればそちらの少年を保護するが」と声を掛けられはしたのだが、ルカが嫌がった。無言で服の裾をぎゅっと掴まれてしまっては、突き放すのは憚られた。


 いまの彼が頼ることが出来るのは、アシュレイしかいないのだ。

 そう考えると庇護欲のようなものが腹の底からむくむくと湧いてきたのだった。


 そのとき、ぐきゅるるる、とアシュレイの腹の音が天高く響いた。

 よし。ぐ、と拳を握ったアシュレイにルカがびくっとする。腹が減っては良い考えは浮かばないだろう。ぱっと目に入った屋台を指さし、ルカに尋ねた。


「そうだ、ルカ。悪魔焼きでも食べないか?」

「悪魔……? それは何だ……?」


 眉をひそめたルカの腕を掴むと、アシュレイは屋台に直行した。串を二本受け取ると、一本をルカに差し出す。


「ん」

「な……何なんだこれは」


 差し出された串を反射的に受け取ったルカだったが、串に刺さったものを目にした途端取り落としそうになった。


「何って悪魔焼きだが」


 見た目がグロテスクなせいで悪魔焼きと呼ばれているが、その実は小型水魔の串焼きである。足が十本、目も五つあるせいで初見では敬遠されがちだが、いざ食べてみると予想外の食感にハマる者が多い。地元民たちのおやつとして親しまれるフリルドマーニュのソウルフードだった。


「これ……本当に食べられるのか?」

「勿論だ。美味いよ、ほら騙されたと思って」


 差し出されたままだった串にルカは恐る恐る手を伸ばす。

 串に絡みついた長い足にかじりつくようすをアシュレイはどきどきしながら見守る。ごく、と喉が上下して肉片が呑み込まれた。しばらくの間の後にルカがつぶやいた。


「……悪くはない、な」

「それはよかった!」


 満面の笑みを浮かべるアシュレイを見ながら、もくもくとルカは悪魔焼きを食べていた。


「どうして、俺がこいつを食べたくらいで貴女が嬉しそうなんだ」

「ひとりで食べるより一緒に食べた方がいっそう美味しくなるだろう? 君とおなじものを食べて喜びを分かち合えるのが嬉しくてな」

「……そんなものか?」

 

 眉間にしわを寄せて渋面を作ったまま、ルカはつぶやいた。そんなものだよ、と答えたアシュレイは勢いよく屋台に駆け込んで追加の串を購入したのだった。




「ばっかじゃねえの?」

「うぐ」


 早めの夕食を取ろうと漣亭に立ち寄ると、ルカを連れて現れたアシュレイを見てシャルとミレットは大いに驚いていた。そして簡単に経緯を話したアシュレイをばっさりミレットが切り捨てたのだった。


「料理もろくに作れないあんたが子供ガキの面倒を見る、だぁ? ……舐めてんのか?」

「そ、そういうわけではないのだけれど」


 大きな声で叱られて小さくなるアシュレイを一瞥すると、ミレットはため息を吐いた。


「おい、そこのガキ」


 いままで会話に口を挟まず黙ったままでいたルカのもとに回り込むと、ミレットはむすっとした少年の顔を覗き込んだ。


「ふむ。造作は悪かない」

「それはどうも」

「さては……何かよからぬことでも考えてんじゃねえだろうな。アシュレイがお人好しで疑うことを知らない馬鹿だと思って、盗みでも働くつもりか?」

「ちょっとミレット。子供相手に何を言っているの」


 いまにも掴みかかりそうな勢いだったミレットを、シャルが間に入って止めた。


「だって胡散臭すぎるだろう? 記憶喪失だぁ? 魔導学校首席卒業のあたし様の検査ではどっこも異常なかったんだぞ」

「本人がそうだって言っているんだからそうなのよ。いちいち疑ってたらキリがないわ」

 

 ミレットを宥めながらシャルは漣亭自慢の「日替わり(大盛)定食」をアシュレイとルカの前に置いた。付け合わせのパンは山盛りになっていていまにも籠からあふれそうだ。


「ルカくん、だっけ。わからず屋のことは放っておいてたくさん食べてね」

「あ、ああ……厚意には感謝するが、さすがにこの量は……」

「ルカ、好きなだけ食べればいいよ。残りは私が食べる」

「だ、そうよ?」


 あっという間に自分の前の皿を平らげてしまったアシュレイのもとに、店員が次の注文品を持ってくる。ルカはあんぐりと口を開けて眼前で繰り広げられる旺盛な食欲を眺めていた。しばらくすると我に返って定食に手を付け始める。


 酒の入ったミレットがいつまでも「考え直せ」と繰り返していたので、アシュレイとルカは食事を終えると早々のうちに漣亭を退散することにした。


 夜風が頬を撫でるのが心地好い。雨が降ったあと特有の、空気がぴかぴかに洗い流された感じが日没後まで続いていた。

 思わず歌いだしたくなるほどに良い夜だ。アシュレイの家まで続く道をふたり並んで歩いていたときだった。


「――すまない」


 ぽつりとこぼすようにルカが言ったので、アシュレイはうっかり聞き逃すところだった。


「どうして君が謝るんだ?」

「俺のせいで、友人と揉めただろう」


 淡々とした口調ではあったが、心からの言葉だとすぐにわかった。心なしか隣を歩く少年は物憂げな表情を浮かべているように見えたのだ。


「ああ……ミレットは、その、悪い奴ではないんだ。私がぼうっとしているから昔から心配してくれているだけで。だから君が謝るようなことじゃあない」


 そうだ、とアシュレイはぱんと手を打ち鳴らして言った。


「手を繋ごう」

「……何故そうなる?」


 いいからいいから、とルカの手を取るとぎゅっと握った。身長はいまはアシュレイの方が少し高いくらい。いずれは追い抜いていくのだろう――それまで一緒にいるとは限らないけれど。


「子供は大人を頼っていいんだよ。あまり頼りがいのある大人じゃないのが申し訳ないが」


 ルカは何も言わなかった。その代わりに繋いだ手を握り返してくれる。

 月明りに照らされた道をふたりは無言で歩いたのだった。

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