さいはてのエデン
鳴瀬憂
00 嵐の海で
これで、もう終わりだと思った。
小さな身体が水面に叩きつけられ、勢い良く海の中へと沈み込む。水を吸った服は重く、少年の身体に絡みつくばかりでなんの助けにもならない。
激しい雨と風のただなかにいるだけでも心もとないのに、周りには砕け散った船の甲板の破片ぐらいしか縋るものがなかった。必死に水面から顔を出そうともがくのだが、鉛のように重い身体は思うようには動かない。ただ浮いているだけでいいとさえ思うのに、そんな簡単なことが途轍もなく難しかった。
――もうじき俺は死ぬ。
そんな確信が頭をよぎった。
思い返せばろくな人生ではなかったように思う。恵まれてはいたのかもしれないが、幸せだと感じたことはない。少年への周囲の風当たりはきつく、常に孤独だった。でもここで死んでもいい、と思うほどには達観してはいない。
死にたくないかと問われれば、そうだ、当たり前だろうと答える。痛いのも寒いのも苦しいのも御免だった。しかしながら刻一刻と死に近づいている実感はあれど、嵐の海で自力で助かる方法は少年には皆無だ。
諦めたくはないのに、生き残る術がどこにも見つからない。
なけなしの体力を絶望がじわじわと削っていく。
木片から手を放せば、みるみるうちに黒々と濁った海の中に呑み込まれていくだろう。昏い想像はやがて現実となることを知っているからこそ、着実に少年を諦念へと追い込んだ。
どうあがいても無駄だ――それならば、いっそ。
ふっと身体から力が抜けて、もたれかかっていた木片からずるりと海へ落ちた。
あっという間だった。
水面から遠ざかる自分をどこか遠く、離れた場所から見つめている。このときには既に正気を失っていたのかもしれない。
だからきっとあれは、幻を見たのだ。
遥か遠くなっていく海上で、きら、と輝く光を見た気がした。
そして気が付いたときには、ぐい、と背中を支えるように腕が回され、瞬きのあいだに浮上していった。少年の身体はすぐさま陸地のようなものに押し上げられ、そこに寝かされた。
「水を飲んでるみたい」
どうしよう、ヨール。
焦ったような女の声が聞こえた。完全に暗闇に落ちた意識の中、女は少年の頬にいたわるように触れる。かく、と顎を持ち上げると屈みこみ――唇から空気を吹き込んだ。それが何度か繰り返されるうちに、げほ、がほ、と呑み込んだ水を少年は吐き出す。
「あ、気が付いた?」
徐々に戻りゆく意識の中で瞼を持ち上げ、見上げた女は安堵の表情を浮かべていた。しっとりと水に濡れた髪から、ぽたりと水滴がしたたり落ちる。そのさまを見ていたら、うわごとのように少年は呟いていた。
「
「え、あっ待って君! しっかりして」
がくりと力が抜けた身体を女は揺さぶったが、その勢いが強すぎて少年の意識はいっそう遠くなったのだった。
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