慟竜のグングニル
煙木
第1章 第1話 起床
ここは風が強い。薫風というには趣向が悪い。潮風が生暖かく喫茶店の窓をくぐった。
ブラックウッド作りのこの喫茶店は珈琲の香りと喧騒を閉じ込め、この街の需要にはそっぽを向いてさらに私も招き入れてくれた。
ゴン。
白く重いカップが勢い余ってテーブルに当たった。
「ここの珈琲はいいぞ、まさかお前が珈琲を嗜む趣味があったとは驚きだが。」
ギルムというおっさんが、顎髭を触りながらそういった。
ギルム「まぁ、いいさ。ともかく俺が言いたいことはおばさんも喜ぶ話しじゃないか?って事だよ。」
気まずそうに笑い、私と同じように窓に目をやった。
ギルム「だろ?ベネッタ?」
そう。私。先程この男をおっさんと言ったが、まだ若い。30歳くらいだ。興味は無い。
ベネッタ「そう?あんたもいい加減だけど?」
そういってギルムを見るとムッとした。その顔を眺めながら飲む珈琲は格別だ。
ギルム「はっ!俺は俺でよろしくやってるさ!」
ベネッタ「そうね。私もいい歳になるし。」
ギルム「世間話はこの辺にして仕事にかかるか?」
妙に凛々しい顔をして迫った。
私は動揺することなく、言った。
ベネッタ「ええ。貴方とも妙に仲良くなったものね。」
ギルムは答える事なく、丸くなれば人1人が入るほどの大きなカバンを出した。
ベネッタ「ずっとそれだろうと思ってたわ。」
ギルム「ああ、思ってるより軽いぞ?」
ベネッタ「そう。」
ギルム「場所はいつも通り、ロ・オーに渡った先の港だ。」
ベネッタ「あの小太りね。」
ギルム「いや、今回は違う。」
ギルムの深刻そうな顔を今になってみた。
ベネッタ「どうしたの?」
ギルム「今回だけは本当に気合いを入れろ。いつものように内容は言わないぞ。」
私は唾を飲んだ。確かにこんな大荷物、今まで見たことは無い。
ギルム「港に迎えが来てるはずだ。きっとそれを見ればあっちから声をかけられる。」
喫茶店、いやここにある家屋、全ての扉は女手であけるには少しばかり苦労がいる。凄く重いのだ。男でもそうとう力に自信があるもので無ければ両の手で開ける。大荷物を抱えた私の為に、ギルムは先に行き扉の前に行った。
大荷物は最初から私の物のように置かれていた。
さて、仕事か。と大きく息を吐いて荷物を持った。
ベネッタ「何が軽いだよ。」
両手はうまってるので、扉を支えているギルムの足を蹴り、先を急いだ。
ここはガルボーダ港、ロ・オー国とフー国
を繋ぐ、いや分かたれた切れ目のような場所。豪風と始まりの街とも言われる。ここの扉があんな風に頑丈で重いのには確か歴史的な理由があった。それは忘れたけれど町外れの岸壁は高く日も当たらないし、風はぬるいし、珈琲くらいしか褒める物がない。
時期に輸送船が出発する。その道すがら、自分を知って貰うことにする。
私はベネッタ・カスバート、孤児だった私を引き取ってくれたカスバート夫妻の娘だ。年はさっきも言った通り27歳。ギルムとは幼なじみに近い、いくつか年は上だが態度も上から。
住んでいるのはロ・オーだ。ガルボーダから少し登った所で、木々に囲まれた素敵な場所だ。小さい頃から赤みがかった髪とそばかすをよくいじられた。そのせいか目つきも悪く、おばさん似だと言われた。学院をでてからは背丈も伸び170cmある女にしては高い身長のおかげで舐められることも少なくなった。もちろんそれに伴ってからかってきた奴らもそれほど強くないと知ってからは特に気に病まなくなった。
2、3年前にカスバート夫妻の父ジョンが他界。後を追おうとしたマリーをなんとか引き止めたが今は病に伏して季節を追っている。
貯金はジョンが残していたが、底が見え隠れしてきたので、仕事を探していた。
そこで学院を中退したギルムと再会して、そう。荷運び、運び屋の仕事が金になるので機会がある度利用させてもらってる。
なんでも、危ない仕事というのは承知だが、ギルム達はロ・オー国から追われる身となっているらしく仕事に差し支えるとのこと。なんの仕事かは教えて貰えない。
世界は今は、悪化し続けている。それは''竜''の出現によってだ。
生態系の頂点がすげ代り、人間は世界において肩身の狭い思いをしなければならない。竜がこの世界にやってきてもう100年は経つらしい。人対竜の戦争はあちこちで起きていて、竜を崇拝する宗教まで現れたとかなんとか。
しかし、選ばれたもののみが扱える''魔法''を扱えるものも上昇傾向にある。因果関係は分からないが、竜に対抗するには兵か魔法か。
都合のいいものではあるが、魔法についてはよく知らない。
少し話しすぎたかな。まぁいい。
見えてきたあの船に乗って早ければ半日で対岸だ。
ギルムがいる団体はなにものなのか分からないが、船の船員に必ず1人いる。
乗組員「すみません、マダム。手荷物をお運び致しましょう。あちらに窓口がありますので。」
ベネッタ「・・・。」
乗組員「えっと、マダム、、、」
ベネッタ「ベネッタよ。ミス・ベネッタ。」
乗組員「おっと失礼。ではお荷物を。」
ベネッタ「いいえ、結構。」
明らかに不機嫌な顔をしたら乗組員はそっぽ向いて離れた。
怪しい乗組員「おい。」
大きな船体の影。木箱の影から声をかけられた。どうやら例の組織。
怪しい乗組員「ギルムからの仕事だな。この木箱だ。」
ちょうど蓋を開けた大きな木箱を刺してそういった。私は唖然として
ベネッタ「ちょっと!まさか私もここなの??」
怪しい乗組員「今回は特例だ。その分の前金は貰ってるだろ?」
ベネッタ「はぁ、、、、、通りで、、、。」
渋々木箱に入った。半日もここで?項垂れる所か非常に不安になった。
まぁ、当たり前のように真っ暗だ。脚で挟んだ大荷物が邪魔で仕方ない。しかし声が聞こえる。船員の段取りや、怒号に至るまで視界が無い分耳からの情報だけを頼りに何か異常はないか今どこなのか、あとどれ位なのかそれだけを考えていた。少し気分が悪くなってきた。カビの匂いとかこのカバンとか、少し汗ばんだ私の服は少しずつ湿気を帯びてきた。
そうだ。暑い。そしてこのカバン異常に臭い。
ガタンッ!
ベネッタ「いっ、、、!!」
乗組員「何か聞こえたか?」
乗組員「いや、、、何も。」
中身がわからないのにこの扱いとは。中には年頃の貴婦人がいるというのに。
船が軋み、波の音が変わった。どうやら出港したらしい。どれくらいたった?時計を見ようにも暗くて見えない。少し開けて様子を見よう。
今まで上部の蓋には当たらないように踏ん張っていたのを解いて、腕を上げて内側から開けようとしたが、重い。全力を尽くしてもビクともしない。上に荷物があるのか?それとも鍵をされたのか?
私は咄嗟に思考を切り替えた。不安になるからだ。そういえば、眠い。そう眠い事にして半日寝てしまおう。そうすれば、直ぐに対岸だ。そう、直ぐに、、、、。
眠い。寝よう。寝れるか。いや、それより、、、。
ベネッタ「うっ、、、おえええっ、おぼぼぼぼぼ・・・・」
「おい!そこのあんた!」
ベージュの美しい髪をした少女が錆色の外套を纏う中年に声を掛けた。
「・・・。」
「いやいや!あんただよ!目が合っただろう??」
背中には革を鞣した盾。脇には年季の入った剣が意味ありげに差してある。
「なんだ。」
傭兵は冷たく言った。
少女は構うことなく山と海程のテンションの違いを見せつけた。
少女「仕事はないか???」
傭兵「はぁ?」
少女「だから〜、仕事だってば!なんでもいい荷物持ちでも傭兵でも!金がいるんだ。」
少女は少し必死に訴えた。
傭兵「・・・。」
傭兵はムッとして本人の自覚なく刀に手を乗せた。
傭兵に傭兵の仕事がないか聞くとは。
少女「はっ!お前もしかして傭兵か?だったら旅のお供が必要だろう??安くてもいいんだ!」
傭兵「間に合っている。だいたい、私はここの関所の傭兵だ。旅などしない。」
少女「わ、わかった!だったら私を雇ってくれるように計らってはくれないか?」
このガキ。傭兵は心から不快に思った。時と場所が良ければ、その場で切り伏せている。いや、別に今ここで切り伏せても、、、。
良からぬ思いを巡らせた傭兵に、もう1人の傭兵が駆け寄り伝えた。
傭兵「おい!なにを油を売っている。もう時期連絡便が到着する。それらしい奴は居たのか?」
その傭兵は、不出来な相方が少女と話していた事に気がついた。
傭兵「まさか、こいつか?」
ありえない、という顔。傭兵はもちろん。
傭兵「ただの物乞いだ。」
少女「ち、違う!仕事を探しているんだ!」
傭兵「あのな、お嬢ちゃん。俺たちは暇じゃないんだ。失せな。」
少女「・・・。」
傭兵「まぁ、そんなに金が欲しいなら。まだ早いだろうが、身体でも売ったらどうだ?そういうモノ好きは、ある程度金払いはいいぞ」
少女ははて、という顔をしたが少し考えて、
少女「ほんとか!?どこで買って貰えるんだ?というか、なにを売るんだ??」
目に純粋な光を灯した少女をみて、傭兵2人はきょとんとして顔を見合わせた。
そして呆れ果て、その場を駆け足で離れた。
少女「ああ、、、行ってしまった。」
ボオオオオ!!
ロ・オー国とフー国の国境。ガルボーダーの反対。ガルフィニスに連絡船が到着した。
ベネッタは、その汽笛の音に驚き、目を覚ました。どうやら閉所での船酔いに気絶していたらしい。
その時、細やかな振動が股に挟んだ大きな鞄から感じた。
動いた?まさか、、な。ギルムが以前奇形動物の死体を運ばせた事を思い出した。あの時は急に鞄が血で汚れ衣服もダメにした。
だが、中身を見るような真似はしなかった。その時はギルムを問い詰め真相を知れたが。
今回もまた問い詰めさせてもらう。
ガラララララッ!
どうやら、着いたらしい。人の喧騒が遠くに聞こえる。ドカドカと荷物を退かす音が聞こえた後で、どうやら例の組織の1人が蓋を開けてくれた。
乗組員「うっ、、、!!!!」
久々の光だ。よく見えないが乗組員は凄まじい顔をして退いた。
乗組員「お前、、、。」
そう。長い事ここにいて気づかなかった。吐瀉物に塗れた私を発見し、その匂いに驚いたのだ。
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