「賀木沼(かきぬま)さんの話②」

 …この土偶どぐうはね。

 いつ見てもきないんだよ。


 このまちには歴史がある。


 学園の子に興味きょうみを持ってもらうことは。

 とても良いことだ。


 …何しろ、えんがある。


 知っているかい?

 この女性像じょせいぞうを。


 学園から、少しはなれた上流域じょうりゅういきは。

 古代こだいの人々が住む集落しゅうらくだった。


 アニミズム。

 つまりは自然しぜん崇拝すうはいしていてね。


 曲がる川をへび見立みたて。


 土器どき模様もようにしたため。

 れた川をしずめる儀式ぎしきもちいた。


 この女性像も。

 儀式ぎしきの一部に使われたようで。


 大量の割れた土器の中で。

 これだけが無傷むきずで見つかって。


 両手につえを持っているが。

 頭部を落とした蛇のようにも見えて。


 …この土地では。

 良く知られた呪術じゅじゅつでね。


 語られるところでは。

 姫の伝説が一番有名だね。


 まあ、きらわれて。


 そのため、生涯しょうがい

 寺のはなれに幽閉ゆうへいされていたが。


 実際じっさい、当時の文献ぶんけんをあさると。

 不気味ぶきみ記録きろくもいくつか出てくるんだよ。


 …興味きょうみがあるのなら。

 資料館しりょうかんに行ってみると良い。


 今こそ閉鎖へいさされているが。

 予約よやくを入れれば、開けてくれるはずだ。


 学園の人間であるキミたちならば。


 さらに詳しい専門家せんもんかを。

 紹介しょうかいされるかもしれない…


 ―― まあ、そんなわけで。


 その呪いの起源きげんともいえる存在そんざいが。

 あの像では無いかと言われている。


 だからこそ。


 この歴史博物館れきしはくぶつかんおさめられたというわけだ。


 …学生の頃。


 私はこの像を館内で見かけて。

 夢中になってね。


 ちょうど。

 キミらくらいの年だよ。


 特別展とくべつてんで。

 普段ふだん非公開ひこうかい代物しろものだった。


 以来いらい、あの像は何なのか。


 何をもって。

 女性が蛇を持っていたのか。


 博物館に通って。

 しんで資料しりょうを探し回って。


 最後には、こうして館長かんちょうとなり。

 像を展示てんじできるほどの立場たちばとなれた。


 本当に良かったんだ。

 ここにることができて。


 …そう。

 今年で何度目なんどめの特別展だったか。


 搬入中はんにゅうちゅうのガラスいたすべってきて。

 ―― 展示ケース用の薄手うすでのガラスだったが。


 せていたトラックが事故を起こしてね。


 アクセルとブレーキを間違まちがえて。

 積荷つみに固定こていあまくて。


 荷台にだいの巨大なガラスが横一枚。

 私の首をめがけてきて…


 まさに一瞬いっしゅん、だったよ。


 だからこうして。

 昼夜問ちゅうやとわず博物館にいりびたれるのだが。


 ――ん?

 私に兄弟はいないが?


 ほかの場所で会った?

 冗談じょうだんを言っちゃあ、いけない。


 今や首なしの人間だ。


 この状態じょうたいで。

 顔など分からないだろうに。


 …そうだな。


 もし、私の頭部を見かけたのなら。

 話しかけてみてくれ。


 なにぶん、私は。


 目や耳もないのに。

 キミたちと対話たいわおこなえる。


 そうなると。

 頭部むこうはどうなのか。


 ただの生首なまくびなのか。

 あるいは、べつの何かなのか?


 今では、それが気になって。

 仕方がないのだからね ――

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