第49話


 道中の草に接触して、上忍の一団の移動を確認しながら先を進めば、駆け蜘蛛の背に乗る僕らは静馬の国の戦場まであと二日といったところで、無事に先行した上忍とその配下の忍び達に追い付いた。

 どうやら彼らもかなり先を急いでいたようで、仮に駆け蜘蛛に乗らず、足で走っていたのでは到底追い付けなかっただろう。

 流石にこの移動速度は、各地を回るのに便利すぎて羨ましい。

 でも普段は多人数で、護衛を張り付けて移動する頭領にとって、駆け蜘蛛は滅多に使う事のない移動手段なのだとか。


 さて、静馬の国の近くに入ってからは、上忍の一団も街道を離れ、野営をしながら野山を移動しているらしく、その位置はとても発見し辛い。

 しかしそれを解決したのも、頭領の口寄せの忍術だった。


「口寄せ、子蜘蛛飛散」

 そう言って頭領が呼び寄せたのは、大量の小さな、米粒のようなサイズの子蜘蛛達。

 驚いた事にその子蜘蛛達は、自らが出した糸でパラグライダーのように風を受け、空を飛んで散らばった。


 これは確か、バルーニングだっけ。

 前世の記憶から、そんな単語が転がり出てくる。

 蜘蛛の子は、卵嚢の中で一度に大量に生まれるが、一度目の脱皮を終えた後はお互いに生息場所が重ならないようにする為、こうして風に乗ってバラバラに散るのだ。

 この卵嚢を破ると、バラバラに蜘蛛の子が散っていく様から、蜘蛛の子を散らすって言葉も生まれたらしい。


 どうやら頭領はこの子蜘蛛を広く散らす口寄せによって、広範囲の探索を可能とする様子。

 ……駆け蜘蛛による移動速度と、子蜘蛛を散らす広範囲の探索か。

 先代の頭領が存命の時、里抜けを試みなくて良かったな。

 いや、流石に僕が抜けたくらいじゃ、先代の頭領が自ら探すなんて事はなかったかもだけれど、あぁ、でもこの口寄せを使える今の頭領、若様に、僕を始末して来いって命令は下ってそうだ。

 もちろん今となっては、たらればの話ではあるのだけれど、その力を目の当たりにすると、少し背筋が冷たくなる。


「野営場所を見つけた。駆け蜘蛛で乗り込むぞ」

 頭領の言葉に、僕は頷く。

 万に一つも頭領が自ら追って来るなんて考えてない上忍とその一団に、本物の頭領だってわからせる最も手っ取り早い方法は、頭領の家系だけが口寄せできる大蜘蛛様の眷属の姿を見せる事だ。

 故に駆け蜘蛛でそのまま野営地に乗り込むのが、威圧も兼ねて丁度いい。



 実際、野営地に乗り込んだ駆け蜘蛛の姿を見た忍び達、特に上忍の驚きは凄かった。

「とっ、頭領、どうしてここにっ?!」

 そう言って大慌てで片膝を突き、頭を下げる忍び達。

 だがその姿を見て、頭領の怒りは再燃したらしく、膝を突いた上忍の胸ぐらを掴んだ頭領は、そのまま引き摺り起こして顔を近付け、

「勝手に暴走をした馬鹿を捕らえて、罰を下す為だ!」

 強い口調で怒鳴りつける。


 普段は穏やかな頭領が見せる怒りの強さに、胸ぐらを掴まれた上忍は顔を真っ青にしているが、僕は逆に内心で安堵の息を吐く。

 どうやら無事に済みそうだった。

 頭領のあの剣幕を見れば、もう暴走どころではないし、他の忍びも上忍を庇えやしないだろう。


 今回、僕は全くの置物、付いて来ただけの結果に終わったが、本来、護衛というのはそういうものだ。

 何も起きなければ、仕事が発生しなければそれが一番である。


 しかし、不意に掴んでいた上忍の胸ぐらを放した頭領がサッと顔を上げると、

「拙い。何かが猛烈な勢いでここに向かって来る。全員、備えろ。一当てして退くぞ!」 

 そんな言葉を口にした。

 気を抜いてしまっていたから、一瞬、その言葉の意味を理解できなかった僕だけれど、そういえばここの場所を探り当てる為に、頭領が広範囲に子蜘蛛をバラまいてた事を思い出す。

 つまり頭領は今も広い範囲に探知の目を張り巡らせていて、それが何者か、いや、この状況で来るのなんて、もうアレしかいないのはわかってるけれど、その接近を捉えたのだ。


 僕は咄嗟に、空を見上げて月を確認する。

 今日は片側は三日月で、もう片方は半月か。

 条件としては悪くないが、こちらの場が整っていない。

 頭領の言う通り、一当てして逃げるのが上策だろう。

 最悪の場合でも、頭領だけはどうにかして逃がさなきゃ、浮雲の里が終わる。


 幸い、頭領の高い探知能力のお陰でその接近は事前に知れた。

 頭領に怒鳴られたショックが抜けてない様子の上忍はともかく、他の忍び達が状況を把握し、臨戦態勢を取る時間は十分だ。


 それが近付けば、子蜘蛛による探知能力を持ってる訳じゃない僕らも、その気配に気付く。

 何故ならその気配が、あまりに大きかったから。

 人の肉の味を覚えた飢えた熊だって、こんな大きな気配を垂れ流しにはしない。

 いや、人の肉の味を覚えた飢えた熊だって、こんな大きな気配を感じれば一目散に逃げ出すだろう。


「なんだ。こんなところにネズミがいるかと思ったら、前に取り逃がした獲物がいるじゃないか。あれから暫くは悔しくて昼間しか寝れなかったんだよ。また会えて嬉しいね。しかも随分と成長してるみたいじゃないか」

 そして木々の奥から姿を現したそれ、舶来衆の幹部、サンドラは、真っ直ぐに僕の顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る