第40話


 苔玉をコロコロと手の上で転がして戯れてから、革袋の中に落として懐に入れる。

 しかし自分以外の誰かの気持ちが伝わってくるというのは、実に奇妙な感覚だ。

 決して不快ではないのだが、四六時中これを体験してると、自分と苔玉の気持ちの違いが曖昧になってしまいかねない。


 こうやって革袋に入れて持ち運べるサイズの苔玉だが、やはり普段は小さな池や水槽を住処にさせて、必要に応じて口寄せするのが良いんだろうか。

 いや、それよりもまず、浮雲の里に苔玉を持ち込む許可を取る必要があった。

 浮雲の里は、大蜘蛛様の支配下にある土地を里の開祖が契約によって許可を得て、築く事を許された忍びの里だ。

 そこに住む事を許されてるのは里の忍び、つまり人間だけで、妖怪を連れ込むというのは交わされた契約の外になる。


 尤もこれまでにも、契約した妖怪を浮雲の里の中に住まわせた忍びは幾人かいたらしい。

 大きくなく、狂暴でなく、他の里の者に害を与えぬ妖怪であるなら、頭領と大蜘蛛様の両方から許可を得られれば、里で暮らす事を許されるという。


 まぁ、頭領の許可は間違いなく得られるだろうから、問題となるのは大蜘蛛様だ。

 大蜘蛛様の許可を得るには、契約をした忍びと妖怪の両方が、面会をして気に入られる必要がある。

 要するにペットを飼うなら大家の信用を得ろって事なのだろうけれども、さて、上手く許可は貰えるだろうか。

 以前、先代の頭領が生きてた頃は、どうやって大蜘蛛様と面会をする機会を得るかと考えたものだが、まさか今になって、こんな形で面会をする事になるとは思わなかった。


 僕は土遁の忍術で開通した抜け道をまた同じように埋め直して外に出る。

 後は依頼主に報告、妖怪の脅威は去ったと言えば、これで依頼は終了だ。

 どうせ単独行動、……もとい、自分と苔玉しかいないんだから、宿で少しゆっくりしたりしながら、浮雲の里に帰ればいいだろう。


 あんまり遅くなると、依頼で何かあったのかと応援が派遣されてきたりしかねないから、ゆっくりするといっても二日か三日が限度だが。



 六山の国には温泉が幾つもあるそうで、宿でその話を聞いた僕は入浴を楽しみにワクワクしながらそこへ向かった。

 ただその温泉は、前世の知識にあるような整備された温泉宿の浴場って感じには程遠くて、掘っ立て小屋のような脱衣所があるだけ。

 ここには、とてもじゃないが荷物は置いておけそうにない。

 僕は脱いだ衣類を風呂敷代わりに、荷物を詰めて持って行く。


 温泉は岩場にできた自然の泉って感じだが、湯気がもうもうとたっている。

 ……風呂桶もないな。

 他に人はいなかったから、掛け湯をする為、僕は忍術で温泉の湯を動かして、それを浴びた。

 かなり熱い。


 手を温泉に入れてみると、そちらはもっと熱かった。

 僕はこれくらいなら耐えられるけれど、慣れてない人にはキツイ熱さだろう。


 なるほど。

 これは多分、一旦別の場所に湯を流して移すとかした方が、適温になっていい気がする。

 浴場を整えて、そこに湯を流して適温にすれば、人気の温泉になりそうなのに。

 銀山よりも、温泉を整えて他国からの客を呼び集めた方が、六山の国には活気が出るんじゃないかと思う。


 だけど、六山の国の人々には観光って発想がないのだろう。

 何故なら自分達が貧しくて、観光なんて考える余裕がないから。

 そもそも六山以外の国々でも、民衆は観光なんてあまりしなかった。

 物見遊山は自然豊かな場所よりも、大きな町等がその対象になる。


 故に六山の国の人々は、この温泉が資源だと気付いていない。

 何時でも風呂に入れて便利だけれど、熱すぎるのが玉に瑕ってところだろうか。

 この先、銀山開発が進めば多くの人がこの国を訪れて、その中には温泉に可能性を見出す誰かがいるかもしれないが……。

 その場合、また六山の人々は自分達の資源を他人に利用される事になりそうだった。

 まぁ、僕にどうにかできる話じゃないから、考えても仕方ないんだけれども。


 全身を湯に浸けると、あぁっ、と絞り出すような声が出る。

 ほんとに熱いな。

 でもこうやって熱い温泉に浸かると、その熱で疲労が溶け出していきそうで、心地好い。


 するとその声が聞こえたのか、濡れないように少し離れた場所に置いた僕の荷物の中で苔玉がゴロゴロと動き出したのを感じた。

 あぁ、温泉に興味が湧いたのか。

 僕は一旦湯から上がり、周囲に人の気配がないのを再確認してから、荷を解いて中から苔玉を出してやる。

 本当の苔玉は熱に弱かったり、大量の水を吸えば根腐れしてしまったりするけれど、こちらの苔玉は妖怪なので、余程に無茶をしなきゃ平気だろう。


 コロコロと岩場を転がった苔玉は、温泉の中に入るような事はせず、縁で動きを止めて、中の様子を一旦伺う。

 そして暫くすると、危険はないと判断したのか苔を伸ばして温泉に浸し、多分それを吸い始めた。


「あんまり吸い過ぎると、温泉が使えなくなるから程々にしなよ」

 僕はそう言って、再び湯の中に身を浸す。

 他の仲間達、例えば吉次や茜や六座も、ここに連れてきてやりたくなる。

 若様、もとい頭領は流石に難しいだろうとは思うが、……頭領を連れてきて温泉を気に入ったら、里の出資で温泉宿を作れたりしないだろうか?

 もしそうなったら僕は草としてその温泉宿を経営して、この地に骨をうずめても、それはそれでいいかなぁって思う。


 もちろん、単なる妄想だ。

 舶来衆との戦いが続く今、頭領を温泉に入れる為だけに連れ出したりできないし、僕が現役を退いて草になる事も、あり得ない。

 まぁ、僕ってまだ、十五歳だし。

 前世の年齢を換算しなければの話だが。


 やめよう。

 里に帰れば、どうせまた次の戦いに赴くのだ。

 今はこの贅沢な時間を、少しでも堪能する事に専念しよう。



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