第27話


 船に乗って海を進む。

 しかし船といっても、前世の知識にあるような大海原を行く大きな外洋船じゃなくて、船尾にある手漕ぎの櫓が推力の小さな小さな、船頭以外には二人しか乗れない小舟だ。

 正直、僕の感覚では手漕ぎのボート、それも穏やかな池で使うのが精一杯じゃないのかって思ってしまうような代物である。

 それが二隻、一つは六座と茜を、もう一つが吉次と僕を乗せて、渦潮の里に向かってた。


 渦潮の里が有する拠点の一つ、海砦には大きな船もあったんだけれど、それは輸送や商取引、或いは戦に使う為のもので、渦潮の里に行くだけなら小回りの利くこうした小舟が便利らしい。

 六座と茜、吉次と僕って組み合わせになったのは、恐らく無駄口を叩かないようにする為だろう。

 吉次は、軽薄に見える態度をとる事も少なくないが、それでも状況は弁える。

 舟を操作する船頭は、渦潮の里の忍びなので、浮雲の里の内情や忍術に関しては、今は絶対に口にしない。

 だが茜は、仮に僕と二人になったら、構わずに忍術への好奇心を優先させてしまいそうな危うさがあった。

 彼女も忍びである以上、流石にそこまで周りが見えなくなったりはしない筈だが、念の為に六座が自分で見ておこうってなったんだと思う。


 でも茜の気持ちも、正直わかる。

 僕は三猿の忍びが術を使うところを直接見たからその再現ができたし、高等忍術を学ぶ許可も得られた。

 けれども仮に、僕と茜の配置が逆なら、あの術を再現し、高等忍術を学んでいたのは茜だったかもしれない。

 茜なら、それが可能なだけの忍術の才能と、必要となる水行の適性に、何よりも忍術を探求する事への熱意を持ち合わせているから。

 もしそうなっていたら、僕はとても悔しかっただろうし、何とか自分も高等忍術を習得できる糸口を掴もうとした筈だ。


 まぁ、だから気持ちはわかるんだけれど、けれども茜に高等忍術を伝えて、僕が処罰を受ける訳にもいかない。

 僕にできるのは、彼女がそれを学ぶ許可を得られるように、手柄を挙げる手伝いをするくらいだった。

 今回の任務でそれが可能かは、状況次第ではあるけれども。


 ……しかしそれにしても、思ったより揺れないな。

 小舟だから、さぞや揺れは大きかろうと覚悟はしてたのだが、そりゃあ当然ながら多少は上下に揺れるけれど、想像したよりも揺れは少なかった。

 船頭の腕がいいのか、それとも天気が良いから海の機嫌も穏やかなのか、或いはその両方か。


 暫く進むと、船は幾つかの島の間を通り抜ける。

 すると先程よりも揺れは幾らか大きくなったけれど、それでも船頭の操船は危なげない。

 海を見ると、島の影響か潮の流れはとても複雑そうだったが、なんで櫓を漕いでるだけで、この流れに小舟の制御を奪われずに済むんだろう?

 忍術を使ってる様子はないから、操船は純粋に船頭の腕前なんだと思うけれど、流石にちょっと不思議だ。


 渦潮の里は、複雑な潮の流れに守られた群島にあった。

 なるほど、確かにこれだと小舟の方が出入りし易いというのも頷ける。

 ただ海賊行為はさておき、交易に使う船は大きな方が積載量の関係で有利な筈だから、どこかにそうした大型船用の通り道もあるとは思う。

 もちろんそんな重要な道、渦潮の里にとっての急所となりうる場所は、余所者の僕らには見せやしないだろうけれども。


 島の船着き場に着き、桟橋に降りた僕は、思わずウンと伸びをした。

 短い時間でも舟という好きに身動きが取れない空間にいると、なんだか身体が固まってしまったような気分になる。


 ここも忍びの里なのに、雰囲気は浮雲の里とは随分と違う。

 船着き場の桟橋には数多くの小舟が繋がれてて、その多くは釣竿や網といった漁具を積んでた。

 歩き回って作業をする人々は、男も女も潮と日差しに肌が焼けてて、こんな奥まった場所にある島じゃなければ、ここが漁師の村だって言われても信じてしまいそうだ。


 でも僕らに向けられる視線は、単に余所者を怪しんでるそれじゃなくて、こちらの実力を値踏みするような、見透かそうとするそれだったから、彼らもまた忍びなのだと納得する。

 とはいえ、こんなにもわかり易く見てくるようじゃ、桟橋付近で働く者達の実力は、そんなに高くないのだろう。

 忍びではあるが半ば海賊という渦潮の里の評価を、僕は今更ながらに理解した。

 僕らをここまで送ってくれた船頭もそうだったけれど、忍びとしてよりも、船乗りとしての実力の方が、ずっと優れているように見えたから。


 しかし、考えてみれば、そりゃあそうか。

 海を生活の場にする彼らにとって、より重要なのは船乗りの技術だ。

 漁をするにも、交易をするにも、海賊をするにも、まずは船乗りとしての技術が必須になる。

 忍術はともかくとして、気配の消し方等の忍びの技術は、あまり重視されないのが当然だろう。


 なるほどなぁ。

 こうした違いを見せる為に、親書を運ばせた際に、任務を手伝うって慣習があるのかもしれない。


 人は、さっき僕もそうしたように、自分の物差しで相手を測りがちである。

 僕が忍者としての実力は高くないなって思ったように、渦潮の里の忍び達も、僕らを見て船乗りとしては役に立たなさそうだって考えてもおかしくはなかった。

 まぁ、そりゃあ船乗りなんてした事がないんだから当たり前なんだけれど、それが自分の物差しで相手を測るって事だ。


 けれども任務を一緒にこなせば、相手にできて自分にできない事や、またはその逆が見えてくるだろう。

 元々渦潮の里と浮雲の里は友好的な関係で、更に今は同盟もしてるくらいだから、そうやって相互理解を深めた方が都合がいいというのは、僕にも理解できる理屈だった。


「皆様、慣れぬ舟でお疲れでしょうが、まずは長のところへご案内します」

 僕らは、そう言った渦潮の忍びに案内されて、ここの里長、頭領の元へ面会に向かう。

 確かに言われた通り、船で運ばれるという慣れない体験で、些か気持ちは疲れてる。

 だが手伝う任務、或いは舶来衆との戦いの前には、幾らかは休ませて貰えるだろうから、もう少しの辛抱だ。


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