観客
私と委員長が談笑していると、そこにタキシードをキッチリと着込んだ男が近づいてきた。男は靴音をわざわざ大きくたて歩いてきていた。苛立ちを隠そうとせずに近づいてきた男は少々崩れた蝶ネクタイを正し、
「で、今回の事件は解決しそうかね。北片委員長殿?非常事態だと十分理解しているつもりだが。」
と嫌味ったらしく聞いてきた。
委員長は無駄にデカい胸を張り、
「見たらわかるだろう?まだ捜査が始まったばかりだ。今のところ被害者は死んでいないし、血も流れていないから毒殺しようとして失敗したというのが分かるぐらいだよ。小原オーナー。あと、大善会長がお前を呼んでいたぞ。第一高校の出し物について確認したいことがあるから明日は学校に顔をだせって。」
大善は少し肩をすくめ、言った。「はいはい。」
「あと、役者たちをお前のオフィスに集めていてくれ。事件のことで話がある。話を聞くだけだ。集めておいてくれ。あとで伺う。」
と委員長が言うと、少し顔を顰めてから控室のほうに歩いて行った。
大善が見えなくなった時、劇場の一角で騒ぎが起きた。
しびれを切らした客が暴れかけたと思い、委員長ともに向かった。
そこでは、大柄な風紀委員が一人の男が組み伏せられていた。
委員長が顔を覗き込むととても口角を上げた。
「太一君じゃないか。どうしてここにいるんだい?お前はアカデミー通りの事件で大変な状態なはずだが、のんびり劇を鑑賞していて大丈夫なのかい?」
委員長の顔を見て男は青白くなり、ガタガタと震えだしたかと思うと覚悟を決めたのかキッと委員長を睨み
「劇を見て何が悪いんだ。くそ女!劇のチケットを彼女にもらったから見にきただけだ。」
と言った。委員長は獲物が罠にかかったような顔をした。哀れなネズミはネズミ捕りの顔を睨み続けている。
「ほお。彼女か。で、その彼女は誰かな?」
ようやく罠に気づいたネズミはガクガクと震えだした。
「言わねえ!あいつは普通の女学生だ!こんなのに関わらせてたまるか!」
「ほお。それでは君を連行してから話してもらおうかな。今日か明日かの違いだからな。」
ネズミは顔を赤くし、目はキョロキョロしだし
「言う。言うから。橘 葵っていうんだ。ここの従業員だからチケットがゲットできたんだ。」
といやいや答えた。
委員長は満足そうに頷くと、ネズミに手錠をかけた。
ネズミは驚き固まった。
そんな様子のネズミを見下ろしながら委員長は笑った。
「まあ、お前は連行するべきなのは決まっていることだからな。連れていけ!」
トマトのようになったネズミは誰も聞き取れないような声を発しながら大柄な風紀委員に連れていかれた。
ネズミを見送った委員長に風紀委員が駆け寄ってきた。
「委員長!」
「どうした前田!何か見つけたか?」
「はい!皆と一緒に作業をしていた時、重要な人物を見つけたんです。私が山本を調べているのは知っていますね。そしてその捜査で山本にパートナーがいたことが分かったんです!佐川美香っていうんですが。」
「それで?」委員長は頷きながら話を促した。
「そのパートナーがいたんです!この劇場に!」
その言葉を聞き委員長は驚いた。
「へえ?それはとても興味深いことだな。」
と獲物を見つけた肉食獣な顔をしながら件の人の元へ向かった。
席に辿り着く頃には委員長の顔は穏やかになり、獰猛な肉食獣はどこかに行っていた。
件の人物は黒髪の癖毛が印象的な女の子だった。今の状況が落ち着かないのか前髪をいじっている。そんなことは一切気にせず、委員長は肩を叩いた。
「山本さんの前のパートナーだった佐川さんですね?少々お話をお伺いしたいのですが?」
とやさしく語りかけた。
急に話しかけられたからか佐川は体がビックンと跳ね、恐る恐ると振り返った。
「えーっと。あたしに何か?山本という名の悪党についてはお話できることはないですが?」
と首をかしげながら答えた。
「いやー君の相棒…いや、すまない。元元同僚の山本君がね、ここで殺されかけたんだよ。しかも、現場には元とはいえ関係者がいるではないか。質問したってバチは当たらないだろう?」
と委員長は顔を近づけながら言った。
佐川は今の自分が置かれている状況を理解したのか顔を青くさせながら、
「あたしは知らない!一年前からあいつとコンビを解消させてから会ってない!今回もチケットが無料でもらえたから観に来ただけ!」
と言った。自分の容疑を晴らさないといけないからか委員長の顔にギリギリまで近づけて答えていた。
「無料ってのは記者として取材のためにチケットをもらったのか?」
と委員長が尋ねると
「いや。あたしの郵便受けに手紙と一緒に入ってたんだ。」
「佐川さん。今、その手紙は持っていますか?」
「おう、持ってる。」
と鞄に手を入れて少しガサガサとさせ、中から一枚の封筒を差し出してきた。
封筒の表には「佐川様」と書かれた宛名に裏には中央劇場と書かれていた。
委員長は封筒の中から一枚の紙を取り出した。
そこにはこう書かれていた。
『佐川様へ
拝啓
天地万緑が渦なす折から、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
貴女のご活躍は我々の耳に届いております。
此度、我々は新たな挑戦の場にあなたをご招待したいと思います。
日時は
五月〇〇日 7時~10時30分
中央劇団 』
読み終わると委員長は顔を上げ
「佐川さん、この紙は私たちが預かります。それと風紀委員の指示に従って大人しくしておいてください。ご協力感謝します。」
と言った。佐川は少々不服そうだったが大人しくシートに体を沈めた。
「水里、佐川と話していて気付いたことはあるか?」
「丸顔でお肌プニプニそうで可愛かったね!茜ちゃん!」
「真面目に答えろ。あと茜ちゃん言うな。」
とても低い声で叱ってきた。
「小原が来たあたりから一度も喋っていなかっただろ、おまえ。」
「そうだね。」
少し上の空で答えると頬をつねってきた。痛い。
「わしゃった。こはえうはら、はにゃひて!
おお、痛い痛い。手加減をしてくれたまえ。」
「お前がふざけるからだろ。」
「ごもっともで。まあ、私は犯人が大体あたりをつけているんだけど。」
「なに!誰だ犯人は!」
委員長は私の肩を掴みグアングアンと揺らしてきた。
「まあまあ、落ち着いて。仮説が正しければだし、証拠もないし、なんなら推理があ的外れになる場合があるから。」
その言葉を聞き、委員長は少し肩を落とした。
「証拠がないと風紀委員会は強く出れないからな。まあいい、その仮説とやらはなんなんだ」
「茜ちゃんはエラリー・クイーンの本を読んだことある?」
「うん?エラリー・クイーンは知っているが読んだことがないな。」
「今回の事件はね。そのエラリー・クイーンの本にインスピレーションを受けた茶番劇だよ。エラリー・クイーンの処女作である『ローマ帽子の謎』に状況が酷似している。弁護士が記者に、性別が反転し、劇場には元相棒と従業員と恋人な小悪党、これでアイツの持ち物から他人の物が発見されたらリーチだ!まぁ、そうなると犯人は俳優の中の一人だろうと思うな。」
「へえ?じゃあどうやって殺人を犯しかけてその場を離れたんだ?」
委員長に自分の妄想を披露しながら歩いていると、前方から小柄な風紀委員が駆け寄ってきた。
「委員長!大変なことが分かりました!」
大型犬にも見える風紀委員が抱き着いてきそうなほど前のめりなりながら報告してきた。
「僕は外部犯の可能性を思いつきまして劇場にあるカメラを全て調べたんですよ。なんと第二幕が始まってから誰一人カメラに写ってないんです。だから犯人は観客席に座っている誰かですよ。」
最後の一文は少し声を落として話していた。
委員長は私の方を見て
「だそうだが?」
と言った。
私は少し機嫌が悪くなった。
「そんな簡単に解決できるとは思ってないさ。さらに言えば、ここは学園都市で
よ?」
負け惜しみに聞こえたのか委員長は肩をすくめた。
私は逃げるようにオーナー室に向かった。
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