陰陽師なんでしょ
おかげ横丁に向かって歩きながら少女は考える。
垣坂の正体は大体知れた。
歴史書などで調べてみれば、もう少しはっきりするのかもしれないが―
図書館でも探してみようかと思ったとき、欒が居ないことに気がついた。
「すみません。何処に行ったんでしょう」
土産物でも見てるのかもしれないな、と夏越祓の神事のためか、道に設えられた茅の輪を見ながら立花が呟く。
「そんなので単独行動を取るとも思えないけど」
「では、私が捜してまいりましょう。
欒のことです。心配はいらないと思いますが、もしかしたら、刺客に関する何かを見つけたのかもしれない」
そうね、と少女は頷く。
「じゃ、あんたも行ってきて。手分けして」
わかりましたよ、と男は肩を竦めた。
宮様、と立花は言い難そうに言う。
「その間、おひとりでどうされます」
「大丈夫。一騎がいるから」
その言葉に、立花は一瞬、不快な顔をした。
「陰陽師なんでしょ」
土産物の玩具の刀を見ていた一騎が振り返る。
「あ、はい、まあ一応」
「だいぶん力強そう、大丈夫よ」
言い切る少女に、立花は仕方なく頷いた。
少し歩いたところで、立花は男に言った。
「宮様は、随分とあの男を重用してらっしゃるのだな」
「立花さんに対するのとは違いますよ。
それに―― 余計な心配はいらないです。
年はあの男の方が随分上なんでしょうが、まるで、姉と弟みたいで」
「別にそんなことは訊いていない」
ふいっと立花は顔を逸らした。
「お前、旅館の方に戻ってみてくれ。
私は此処を捜す」
やはり心配なのだろうか、あまり此処から離れたくないようだ。
その心を汲み取り、男は少し笑って、わかりました、と頷いた。
旅館に戻って訊くと、欒は戻ってきているらしかった。
なんだって、お嬢に断わりもなく。
不審に思いながら、男は欒が新しく取ったという部屋に行き、格子戸を叩く。
「欒さん。欒さーん、居るんでしょう?」
まどかと呼びかけるのか不思議な感じがした。
すっと音もなく踏込の襖が開く。
ついその名から思い描いていたまどかとは全く違う、重い空気を纏った欒が姿を見せた。
その双眸に男の姿は映っていたが、全身でその存在を拒否していた。
「なにしに来たんです?」
取り付く島もない調子で欒は言う。
いっそ、引き返そうかと思ったが、立場上、そういう訳にもいかない。
男は感情を押し殺し、欒に問うた。
「どうして急にお嬢の側を離れたんです」
「私が居なくても、男が三人も居れば大丈夫でしょ」
そう言い捨て、欒は襖を閉めようとする。
「待ってください!」
男は勝手に格子戸を開け、襖に手をかけた。
「……何か不満があるのではないですか」
欒は一瞬、顔を歪めた。
そうすると、少し立花に似て見えた。
「ないわ――」
「もしかして、垣坂一騎ですか」
欒は背を向け、答えない。
「いきなり現れた、一族とは何の所縁もない男を、お嬢が重用しているのが気に入らないんじゃないですか?」
立花と同じくらいの思い入れが欒にあるのなら、きっと彼女もそうだろうと思ったからだ。
「……そうよ」
子どもとは思えない低い声で欒は言う。
振り向きざま、上に乗られる。
何が起きたのかわからなかった。
まさに一瞬の隙をつき、空気に乗るように、ふわりと倒されたのだ。
「あの男だけじゃないわ。あんたも同じよっ。あんたもっ!」
首に指が食い込む。子供の力だと侮れない。
欒はコツのようなものを掴んでいた。
ぐいぐいと吸い込むように入り込んでくる指に絞めつけられ、すぐに頭がガンガンしてきた。
「大嫌いよっ! ひょこひょこ現れて、お兄様を押しのけて、宮様付きになってっ。
そのくせ文句ばっかり!
御堂薫も大嫌いっ。
たかが地方の番人のくせに、扉に関わってるだけで、珍重されて、宮様に愛されて」
みんな嫌い……。
力は緩んでいないのに、ふいに自分に跨る欒の重みを軽く感じた。
泣いているのだろうか。
そんな不安に駆られて、上半身を持ち上げかけたとき、
「やめなさい、欒」
はっと欒が手を緩める。
それはもう、反射と言っていい速さだった。
自分の頭がどう判断するかなど関係ない。
その人物が命令することが、己れの脳が身体に指令を下すのと同じ。
そんな感じだった。
「宮様……」
怯えたように欒は開け放たれたままだった襖を振り返る。
「放しなさい」
毅然と言い放つ少女は、直ぐには反応できずに固まる欒を不快げに見遣る。
欒は脅えたように手を放し、上から退いた。
少女の手が欒に伸びた。
欒はその気配を感じて、びくりと身を引く。
少女を咎めようと咳き込みながらも、男が身を起こしかけたとき、少女の手が欒の額に触れた。
その前髪を撫でるようにかきあげる。
欒が顔を上げた。
「欒」
欒は彼女を見つめたまま、ぽろぽろと涙を零した。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、宮様。勝手なことをして」
少女は欒を抱き寄せ、とんとん、とその背を叩いた。
一瞬、身を硬くした欒だが、すぐに彼女に縋りつく。
お願い。
宮様、私を捨てないで――。
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