神の遺伝子Ⅱ ~伊勢斎宮編~

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

第一章 拾い物

新幹線に落ちていた……


 名古屋駅。

 新幹線のホームに座っていた黒服の男は溜息交じりに立ち上がった。


 ようやく、見慣れた影が新幹線から降りてきたからだ。

 何処まで行ってやがった、この女……。


 異様に腰の位置の高い、きれいな脚の女が、鮮やかな色のワンピースを翻してホームに降り立つ。


 十六になるその女は、少女というにはちょっと幼い顔と、ときどき冷める瞳を持っていた。


 こちらに気づいてはいないらしく、ホームに視線を這わせている。

 

 いい加減、コンタクト入れろよ。

 そう思いながらも、少女の元まで歩いていく。


「何処のトイレまで着替えに行ってたんです?」


 間近で声をかけると、わあ、びっくりした、とさほど驚いていない声で言い、男を振り向く。


 二重なのかどうなのか微妙な目許で瞬くように見上げられ、男は思わず目を逸らした。


「目の前に居るのに、なんで他所を捜しますかね?」

「だって、あんた気配がないんだもの」


 あんたが悪いと少女は肩を竦めて見せる。


 新幹線の中でアイスをこぼした少女は、着替えに行くと旅行鞄を手に、トイレに立ったまま戻ってこなかった。


 目的の駅の近くまで来ていたことはわかっていたので、間に合わなかったら、トイレからすぐ降りると言っていたのだが、彼女は降りて来なかった。


「それがさーあ、トイレに行ったら、お年寄りが倒れててね。

 だいじょうぶですかって声をかけたら、生きた人間じゃなかったのよー」


 男は一瞬、聞かなかったことにしようかと思った。


「すみません。今、なんて?」

「だからあ、トイレで幽霊が果ててたのよ」


 彼女が言い終わるより早く、男は遮った。


「それでなくとも面倒な仕事なのに。どうして更に、厄介ごとに関わろうとするんです」


 関わろうとするっていうかさ、と少女は斜め後ろをちらと見た。


「付いて来ちゃった」

 やっぱり……。


 男は溜息を漏らした。

 だが、よく考えてみれば、男の目に霊は見えない。


 見えないのなら、居ても居なくても一緒だと、無理やり自分を納得させようとしたとき、人波に逆らうように立っている男が目についた。


 洒落たスーツ姿の色白細面の男。

 人目を引く美貌の持ち主だが、顔立ち以上にその気配が異彩を放っている。


 その感じに男は厭なものを覚えた。それと似た雰囲気を持つ者を知っていたからだ。


 それは、男の主たるこの『少女』だった。


 人ならぬ者が持つこの気配。


 力はなくとも、そういう人間に接しすぎたせいで、男はその手の人間を見極める眼力を身に付けてしまっていた。


 興味深げに辺りを見回しているその男に、まだ、ただの観光客というレッテルを貼る余地がある気もしたのだが。


 そう思い込もうとするより先に、彼の手に握られている見覚えのあるアンテークな旅行鞄を見てしまっていた。


「お嬢、年寄りの幽霊を見つけたって言いませんでしたっけ? その男は生きてますよ」


 しかも、若い。


 これまた言っても無駄なことを非難がましく言うと、

「あら、よくわかったわね」

 などと笑いながら、後ろの人物を手招きする。


 わからいでか。


 細面の男がこちらを向いた。

 微かに愛想を振ったが、それは見下すような笑みだった。


 少女は男を紹介する。


 こんなとき、男は自分が少女側の人間なのだということを痛感するのだ。


「この男、私のボディガードなの。

 事情があって、私と同じく名を名乗ることはできないんだけど。


 『おい』とか『そこの』で通じるから」


「……すみません。

 いい加減、名前付けてくださいませんか?」


 その言葉を少女は聞かなかったふりをして、今度は男に彼を紹介する。


「あのね、この人、外の人は陰陽師の垣坂一騎かきさか かずきって言って――」


「陰陽師!?」

 声を上げる男の口に、少女は叩きつけるようにその手を当てた。


「あんまり大きな声で言わないでよ。

 妙な人かと思われるじゃない」


「既に充分妙な集団だと思いますが……」


 異様にスタイルのいい美貌の少女と、整いすぎて不気味な顔をした男。


 それに、このくそ暑いのに黒っぽいスーツをかっちりと着込んだ眼つきの悪い男まで付いている。


 人目を引かないはずはない。


 しかし、と男は目の前の男を見遣る。

 このアマ、何処で陰陽師なんぞ拾ってきやがった。


 そして、ようやく少女の言葉の違和感に気がついた。


「外の人?」


「そう。この人、身体は垣坂一騎なんだけど。

 中に入ってるのは、彼のご先祖様で、伊勢神宮の神官なんだって」


 伊勢神宮。

 それはまさに、これから二人が向かわんとしている場所だった。


 いい拾い物でしょ? とばかりに少女は腰に手をやり、笑って見せる。


 今回の旅の目的は、遥か昔に失われた伊勢の『扉』を捜し出すことだった――。




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