ライオンにしか見えないリスの刺繍
「やっぱり、心のこもったものがいいと思うんだ」
『暁の道』のメンバーは、ミカーネン・ダンジョン都市から旅立つトーリに、なにか餞別を渡そうと相談していた。ジェシカは普段使えるものがいいと提案して、干し肉の詰め合わせがいいと言うギドに「干し肉はマジカバンの中にたっぷり詰め込んであるはずよ。買い込む姿を見たもの」と言って却下する。
「わたしは刺繍をした手拭いがいいと思うの。旅の間に使い古されてもいいじゃない、旅の安全を祈るおまじないを込めて、みんなで針を刺しましょうよ」
「手拭いか。いいんじゃねえか?」
マーキーは賛成した。ギドも「うーん、俺はあんまり器用じゃねえから教えてくれよな」と、こちらも賛成する。
「刺繍……できるかなあ」
アルバートはなぜか浮かない顔だ。
「簡単な図案なら大丈夫だよ! わたしはね、ベルンを刺繍したらいいと思うんだけど」
「リスか。簡単そうだな」
「木の実を持ったリスにしようぜ」
マーキーとギドが賛成する。
アルバートは「まあ、こういうのは気持ちだから、みんなで少しずつ刺せばできるか」と納得した。
「じゃあ、言い出しっぺのわたしが手拭いと茶色い糸を買ってくるよ。図案も描いて……」
「ジェシカ、図案は僕に任せて! 手分けしようよ。ね?」
「そう? それじゃあアルバートにお願いするね」
アルバートのリスの図案は、シンプルで刺繍しやすそうなものだった。
銀の鹿亭のテーブルで、順番に針を刺していくのだが……。
「ベルンはモフモフにしたいよね」
「待ってジェシカ!」
「可愛く木の実を持たせて、っと」
「待ってジェシカ!」
「……胴体が、少しだけ、大きくなっちゃったね。あっ、顔を大きくすれば解決だね!」
「待ってジェシカ!」
マーキーとギドは、ジェシカの刺繍の腕を見て「……アルバート、やり方を教えてくれ」と頼み、ほんの少しだけ刺した。
「口にも赤い木の実を……あっ、なんか長くなっちゃうぞ」
「マーキーは下手っぴだな。ちょっと貸せよ……リスの尻尾ってこんなだっけ?」
「ギドのもなげえじゃんか」
「太くすればいいんじゃん? ……やべえ、蛇みたくなるんだけど」
「なんの魔物だよ」
「強そうだからいいか、お守りになりそうじゃん」
こうしてできあがったのは、『生肉を食いちぎるライオン』にしか見えない『木の実をかじるリス』であったが、みんなの心がこもっているからまったく問題ないのであった。
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