第4話 普通のOL

「あー、またやらかしちゃった」


私は、ごく普通のOL。名前は、伽羅メリゼ。


今日も仕事で失敗して、鬼上司にこってりしぼられた。


で、今、その上司に連れられて、夜の探索者街を歩いている。


「お前は母親が死んで鬱になってるんだよ。だから、つまらない失敗を繰り返してんだ。美味しい料理食って、楽しく酒を飲めばいい。気晴らしになるぞ」


と言ってくれた。


すぐ怒る怖い上司(当然、女)だけど、怒った分、優しくしてくれる良い上司だ。


正直、母親が死んで自殺していないのは、上司……都さんのお陰だ。


ただ働いて独りぼっちの家に帰り、ネットサーフィンして寝るだけの毎日。


灰色の毎日。


生きる意味なんてあるのかな?


生きる価値なんて、私にあるのかな?


そんな疑問すら頭に浮かぶ。


母が死んで私は知った。


私が存在することを喜んでくれる人がいないということが、私を存在させることを困難にする。


私が存在するためには、私が存在することを喜んでくれる人の存在が不可欠だったのだ。


喜びの感情を私に伝えてくれた母の無償の愛。


それを渇望している私の年齢は、30歳。


出産適齢期を過ぎようとしているのに、いまだに人工受精のための精子提供の許可が降りない。


家族を失ったのに、家族子供を授かることが出来ない。


役所は、「相性の良い遺伝子を持つ精子が、まだ見つかっていない」と言うけれど、本当のところは分かっている。


私の遺伝子は劣等性の遺伝子なのだ。


遺伝子が劣っているから、精子がもらえないのだ。


女として、劣っている────。


こんな女が、生きていていいのか?


生きる価値があるのか?


いっそ死んでしまったほうが、社会のためになるのでは?


こんな私でも、ただ存在するだけで喜んでくれた母親が亡くなった。


じゃあ、もう、私に生きる意味はないのでは?


危険な思想だが、私だけじゃなく、多くの女性が抱える心の闇だ。


都さんは、それを見透かして、私を元気付けようと外に連れ出してくれる。


仕事を失敗すると凄く怒る怖い上司だけど、優しい。


都さん、もう何人も部下を自殺で失っているから。







その都さんに連れられて来たのは、探索者街の繁華街。


酒場が建ち並ぶ、酔客で賑やかな通りだ。


探索者は乱暴な者が多いので、こういう場所は気後れする。いつ絡まれて暴力を振るわれるか……正直、怖い。


おおよそ、普通のOLが来る場所じゃない。


中世風鎧を着た戦士たちの間を、スーツ姿のOLが歩いているこのシュールな光景よ。


「あの……都さん。私たち場違いでは?」


「まあ、ついて来いって。いいもん見れるぞ」


どこかイタズラを企む子供のような顔をして、都さんが笑う。


「はあ……」


私は、諦めのため息をついて都さんについていった。


こうなると、都さんに従うしかない。


ケンカする探索者たちを横目に、一軒の酒場に入る。


ニヤニヤ笑う都さんが私をつついた。


「あれを見てみろ。驚くなよ?」


私は都さんの視線を追ってそれを見た。


「えっ⁉」


粗暴な雰囲気を纏った探索者たちが飲み食べるテーブルの向こうで、


……


…………


………………


「おう、いらっしゃい。よく来たな、まあ座りな。ゆっくりしていってくれよ」


天使が舞っていた。

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