第30話
俺は足を止めた。
目の前には鉄柵と、無機質な灰色の壁。アシュタ第七施設。まるで要塞だ。人を守るためじゃない、人を“閉じ込める”ためだけに作られた形。そういう建物の作りは、なぜかすぐにわかる。
扉の前に立っても、誰も出てこない。警備兵も、受付も、何もない。まるで“外界との関係”をすでに絶っているかのようだった。閉ざされた世界。いや、“切り捨てられた空間”だ。
シャイレーンドリが横で静かに言う。
「正門は形式だけ。出入りはすべて裏門か地下通路経由。けれど、あなたなら正面から入れる」
「当たり前だ。俺の火は、こういう“壁”のためにある」
俺は額に手をかざし、第三の目を開いた。
赤く、静かに光が走る。その熱が空気を震わせ、扉の内側に流れる術式を暴き出す。抑圧の符、封印の結界、無力化の印。こいつは“出るな”じゃない、“存在するな”って命令の呪だ。
「……まるで、生きてるだけで罰を受けてるみたいな仕組みだな」
指先に火を灯し、術式の中心に触れる。
「“アグニ・スヴァラ――焔声解放”」
ごう、と音を立てて封印が焼き崩れた。鉄柵が揺れ、錆びた蝶番が軋む。ゆっくりと、まるで長年閉ざされていたことを主張するかのように、扉が開いた。
施設の中は、想像以上に静かだった。誰の声も、足音もない。ただ、遠くで何かがかすかに揺れているような気配だけがある。
俺は進んだ。
一歩ごとに、靴の底に伝わる冷たさが強まる。まるでこの床は、“希望”のような感情を踏みしめることを拒んでいるかのようだった。だが俺は止まらない。
「来るぞ」
シャイレーンドリが警告を発した直後、空間が揺れた。
足元に黒い術陣が走り、数体の守衛型神像――動く像人兵が現れた。無表情の石の顔に、死の加護が刻まれている。問答無用で殲滅する構えだ。
「歓迎が手厚いな」
俺は腕を掲げる。
「“タンダヴァ・アバルタ――断罪の旋火”」
爆ぜた炎が渦を巻き、像人兵の周囲を包む。神格の加護をまとっていたはずの守護が、俺の火に呑まれて次々と溶け崩れていく。
「……焼かれねぇ真理なんてねぇよ」
煙の向こうから、誰かの気配が走った。
“視ている”。
明確に、俺の存在を認識してる奴がいる。けど、それは“敵意”じゃなかった。
まるでずっと前から、俺の存在を知っていて、待っていたかのような……そんな目だ。
俺は歩を進めた。
この先にいる。俺の火を必要としてる誰かが。
いや、必要としてるわけじゃない。気づいてしまってる奴がいる。“何も始まらないまま”終わることの恐怖に。
そしてその恐怖を、誰にも言えず、ただ押し殺している奴が――ここに、確かにいる。
「見つけ出す。名前を持たず、意味を持たず、それでも生きてる命を」
俺の声が、冷たい廊下に反響する。
応える声はなかった。でも、確かに気配は強くなっている。
燃やせ。閉ざされた感情を。押し込められた価値を。火を灯すんだ。
この場所を、ただの“隔離施設”から、“生まれ直す場所”へと――書き換えてやる。
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