第24話

夜が明けた。


カルンガ村の空には朝靄がかかり、草葉の先に露がきらめいていた。村の中央にそびえる“火の神殿”は、朝日を受けてまるで赤金のように輝いていた。前夜の祭りの名残がその周囲に残り、消え残った火種が静かに燻っている。


俺はその前に立ち、最後の確認をしていた。


「本当に、行くのね」


シャイレーンドリの問いに、俺は頷いた。


「ここはもう大丈夫だ。この火はもう、俺の手を離れても消えない」


「ええ。彼らの中に“選択する勇気”が根づいた。あとは、次の場所で、あなたがそれを繰り返していく番」


俺は最後にもう一度、広場を見渡した。


老いた者も、若者も、子供も、誰もが昨日とは違う顔をしていた。


無理に笑うのではない。守られていると信じるでもない。ただ、自分の足で立ち、自分の目で火を見ている顔。どれも、かつての俺にはなかった表情だった。


「ナンディン、準備は?」


「すでに整えております。ヤーマ州までの道は北東の岩山を越えるルートが最短です。ですが、そこは“死者の巡礼路”とも呼ばれる危険地帯」


「危険なほど、行く価値がある」


ナンディンは黙って頷いた。


シャイレーンドリが横に立ち、地図を広げる。


「ヤーマ州には“死の塔”と呼ばれる場所がある。罪人や無加護者が生きたまま捧げられる“加護の儀式”の場。未だに稼働しているという噂もある」


「加護を得るために、命を捧げる……それが“神の意思”か」


「そしてそれを実行するのが、〈断罪執行庁〉。神官ではない、“神意を代行する”存在。法や裁きではなく、“終わり”そのものを命じる者たち」


「面白ぇな。今度は神じゃなく、“死そのもの”が敵か」


「彼らは自らを“公正”と呼び、何の感情も持たずに命を刈る。だからこそ、恐れられているし、同時に信じられてもいる」


「感情を持たねぇ奴が正しいと信じられてるのか……ああ、公正のしがいがある」


シャイレーンドリは、少しだけ口元を緩める。


「ただし、気をつけて。〈断罪執行庁〉の筆頭、“カーリカ”は、本物よ。かつて“黒の神々”に仕えた者で、神格を一度でも受けた者を“即時処刑”する権限を持ってる」


「俺が見逃されるわけねぇってことか」


「ええ。でも、それでもあなたなら――」


「やるさ」


言い切った瞬間、馬車が動き出した。


カルンガ村の外れには、村人たちが並んで見送っていた。誰もが一様にまっすぐな目で、俺を見ていた。


「生きて、また戻ってきてください!」


誰かが叫ぶ。


俺はそれに、ひとつ手を振って応えた。


“戻る”――そう言われたことが、少しだけ嬉しかった。


カルンガ村が、俺の“居場所”のひとつになったと、そう感じられたからだ。


だが次に向かうヤーマ州には、そうした情は存在しない。


そこにあるのは――“終わり”だけ。


ならばその“終わり”を覆して、新たな始まりを与えるのが、俺の役目だ。

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