第21話

カルンガ村の内部は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。


石造りの家屋が並び、中央広場には不自然なほど整備された祭壇が据えられている。その奥には、ひときわ高く聳える木造の建物――かつての神殿と思しき構造が見える。だがそこに神の気配はない。ただ、“かつて神を語った者”たちの残滓が、空気を濁らせているだけだった。


村人たちの顔には警戒と、恐怖と、諦めが入り混じっていた。


幼い子供ですら、こちらをじっと見ている。祈りの姿勢を取る者もいなければ、逃げ出す者もいない。まるで、これまでもそうしてきたように、すべてを受け入れる訓練を受けているかのようだった。


「……洗脳、か」


「それに近いわね」


シャイレーンドリが隣で呟く。


「この村の“掟”は絶対。そう信じ込まされた者たちは、自分で考えることをやめる。違和感を覚えることすら、罪とされている」


「だったら、教えてやるだけだ。“間違ってる”って」


俺たちが広場に足を踏み入れると、それを合図にしたかのように神殿の扉が音を立てて開いた。


中から現れたのは、白布の法衣を纏った老神官だった。額には黒い三日月の印が浮かび、その背後には数人の補佐官らしき者たちが控えている。


「……貴様が、アルジュンか」


「そうだよ。神の配達人だ。名前くらい覚えてくれてると助かるぜ」


「よくぞこの地まで現れた。だが、勘違いしているな。ここはマンダラではない。王の法も、中央神殿の命も届かぬ“独立の祈祷州”だ。いかなる加護を持とうと、この村の秩序を侵す者は――」


「焼く」


俺の一言に、神官の表情が一瞬だけ引きつる。


「貴様、話を……」


「話は終わってる。あんたらはもう、過去の存在だ。信仰を強制し、加護を使って支配し、怯える民に祈りの形を押しつけてきた。そんな時代は終わったって、まだ気づかないのか?」


「我らがしてきたのは、導きだ……!」


「導き? 違うな、“押しつけ”だよ。それも、殺すよりタチが悪い」


俺は広場の中央に立ち、右足で地を踏みしめた。


「“シヴァの舞”――始めようか」


炎が走る。


広場に円を描くように紋章が浮かび上がり、空気が震えた。


民たちがざわつき、後退りする。だが、誰も逃げようとはしない。そう、逃げるという選択肢すら知らされていないのだ。


「見せてやる。この炎は、罰じゃねぇ。“解放”だ」


俺の第三の目が開き、空に向かって赤い光が放たれる。


それは光の柱となって神殿の上空に刺さり、空間を裂いた。


「“カーマ・ダハナ”――業火の断罪」


神殿の上部が一瞬で崩れ、黒い煙と共に“偽りの神印”が燃え尽きていく。


その中心にあったはずの祭器、象徴、加護石のすべてが、光に還るように散った。


「ひっ……やめ……やめろ……!」


老神官が膝をつき、手を伸ばす。だが、もはや何も残されていなかった。


「その手で、どれだけの声を潰してきた? その口で、どれだけの理不尽を正義と呼んだ?」


俺は神官に歩み寄り、額に指を当てた。


「記憶の中に刻まれてるだろ。俺たち“無加護者”を、どれだけ蔑んだか」


「違う……わたしは……わたしはただ、“上からの命令に……”」


「言い訳すんな。神の名を騙って、都合のいい選民思想に乗っかってただけのくせに」


指先から赤い光が走り、神官の額に宿っていた“加護印”が砕けた。


その瞬間、彼は気を失い、地に崩れ落ちる。


俺は振り返り、集まっていた民たちを見渡した。


「これからは、誰も祈らなくていい。名がなくても、生きていい。加護がなくても、価値がある」


沈黙が降りた。


だがその中に、小さな声が混じった。


「……本当に……もう、祈らなくていいの……?」


少女の声だった。


俺はその子に近づき、ひざを折って目を合わせる。


「そうだ。祈らなくていい。もし願いがあるなら、自分の足で掴め」


「……どうすればいいの?」


「簡単だ。“信じる相手”を、自分で決めろ。そんだけだ」


少女は涙を流しながら、初めて笑った。

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