正太の海

桜坂詠恋

正太の海

 晴れ渡る空。白い雲。波打ち、光輝く青い海。

 その中を、正太は自由に泳いだ。

 浅瀬には小さなアジが群れを成し、小さなフグが、ぷうっと膨らみ、正太を威嚇した。

「うはははは! こっちだこっち! 一緒に泳ごう!」

 群れの先頭に立ち、アジやフグ、カワハギたちを引き連れる。

「おれは海の中の車掌さんだ!」

 正太は海底で眠っている、カレイやヒラメを突いて回る。

「ほうら、早くしないと通過しちゃうよ」

 彼らは驚いてバタつき、あっという間にその場から消えてしまった。

 周りを見れば、いつの間にかアジの群れやフグ、カワハギたちも消えている。

 海は急に静かになった。

 みな、住処に帰ってしまったようだ。

「……なんだよ。つまんない」

 ブクブクと、顔の半分まで海中に沈め、昆布のように揺れてみる。

 

 ゆらゆら。

 

 ゆらゆら。

 

 ゆうらゆら。

 

 誰かいっしょに遊ぼうよ。


 すると、正太より少しお姉さんのグループがやって来た。

 何やら花火をしているらしい。

「お姉さんは遊んでくれるかな」

 すると、水着の女の子が海の中へ入って来た。

「やった! こっちだこっち! 一緒に泳ごう! ずうっとずうっと、深い、深い、海の底まで──」


 *   *   *


「ここ、遊泳禁止になってるでしょ」

 そう言うと巡査たちは、泣きじゃくる水着の女性三人組に、毛布を掛けてやった。

 今まさに救急車に載せられていくのは、先程引き上げられたばかりの女性の溺死体。

「急に──、急に引きずり込まれていったのよ!」

 女性のひとりがそう言って狂ったように泣いた。


「主任、ひょっとしてまた、ショウタの仕業でしょうかね」

「ん?」

「ほら、主任が子供の時に、ここで亡くなった男の子がいたんでしょう? その子が遊び相手を欲しがって、次々と人を海に引きずり込むって」

 主任は、苦い顔をした。

「だから嫌なんだ。ここに来るのは──」

 それだけ言うと、主任はその場を後にした。

 いたたまれなかった。

 正太はこの海で殺された。

 同じ女の子を好きになったからという理由で、消されたのだ。

 なのに、正太は消えることなく、未だにここにいる。ここで何人も引き摺り込んでいる。


 俺が、正太にしたのと同じように──。

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正太の海 桜坂詠恋 @e_ousaka

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