第13話 存在の原形
暗いアトリエの片隅で、如月ミカは膝を抱えて座り込んでいた。
身体の中に、何かが沈殿していた。
それは怒りでも悲しみでもない。名づけようのない、濃密で重たいものだった。
かつて──排泄していた頃。
彼女の身体は、自然に世界と通じていた。何も考えずとも、生命のリズムに従い、自己を外へ押し出すことができた。
今、そのリズムは失われた。
絵を描くことで何かを“出している”つもりでも、ミカの深部にはなお、固く結ばれた核のようなものが残っていた。
──私の中にあるものは、こんなものじゃない。
ミカはゆっくりと立ち上がり、キャンバスに近づいた。
すでに何十枚も描き重ねた排泄の絵。それらを見つめながら、胸の内で呟いた。
「私は、まだ、出し切っていない」
恐怖があった。もしこの核を破ったら、自分は壊れてしまうのではないかという恐れ。
しかし同時に、それを破らなければ、もう前には進めないとも思っていた。
──排泄とは、私にとって生きることだった。
──ならば、今もなお生きている以上、何かを出さなければならない。
震える手で、新しい真っ白なキャンバスを取り出す。
色を選ばない。ただ、筆を掴み、無心で走らせた。
線は乱れ、形は崩れ、意味を拒絶した。
だが、それは確かに、彼女の内奥からあふれ出したものだった。
涙が、ぽたぽたとキャンバスに落ちた。
ミカは泣いていることに気づかなかった。
ただ、筆を握り締めたまま、震えながら、なお描き続けた。
排泄ではない。
言葉でもない。
だがそれは、彼女にとって最初の、本当の“存在の原形”だった。
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