「自己」と「他者」の境界。どこまでが本当の自分か、という深遠なる問い

 色々と考えさせられるテーマの作品でした。

 主人公は久しぶりに父親と会う。父はかつて家を出ていき、疎遠な状態にあった。
 そんな父がなぜか、母のことを殺害してきたと口にする。

 なぜ、父は母を殺したか。

 母という人間は、「自分と他者の区切りがしっかりしている人間」だった。自分は自分。他人は他人としてきっちりと分けられ、誰かを自分の一部のように考えたり、誰かの存在を軸にして自分の人生を考えるようなことをしない。

 一方で父は、自分と他者の境界を分けるのが下手で、母と一緒にいる中で、どこまでが本当の自分なのかがわからなくなったという。

 この父親の持つ葛藤。「アイデンティティ」とか、「自分と他者の境界」に悩む感覚。考え出すととても深遠で、そして複雑な問題に迫って行くものでもあります。

 誰かとの関係性によって自分の在り方を規定してしまうこと。誰かに依存したり、誰かの考えに追従したり、流されるように生きてしまうこともある。
 自分自身の意志とか、行動の決定とかは、どこまでが「自分自身のもの」なのか。自分の人生とは、自分とは、一体どこまでが「自分だけのもの」なのか。

 この辺りをしっかりと分けていくことは、きっと相当に難しいことなのだろうな、と考えさせられました。
 
 その先で明かされる、父による「殺人の動機」と。最後に主人公に突きつけられる言葉の意味。

 とても深く、「自己」や「人生」について考えさせられる一作でした。

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