ユージュアル・コンプレックス

旭奈 なん

雨宮遼1.1

 ユージュアル・コンプレックス。それは現代社会に蔓延る一種の病。


「平凡であること」への劣等感。


「普通であること」への過剰な拒絶や反発心。


 個性が重視され、SNSにはあらゆる分野の天才が無尽蔵に湧き出ている。


 だから感じる一種の錯覚。誰もが一度は妄想したことがあるんじゃないか?


 自分には才能があるのかもしれない、と。


 アインシュタイン。シェイクスピア。レオナルド・ダ・ヴィンチ。天才はいつの時代も持て囃され、歴史に名を残す。人々は彼等に憧れ、時には嫉妬し、そして絶望する。自分の才能の限界を知るのだ。


 小さい頃はサッカー選手になりたかった僕は、小学校3年生の夏、地元のサッカークラブで二連続オウンゴールを決めてしまった瞬間、早くもその夢を諦めてしまった。結局は元から才能に恵まれていない事などするべきではないのだ。ある種の危険思想とも言えるこの考えに、社会は染まってしまった。


 国家による半強制的な努力を強いられた世代。ユージュアル・コンプレックス世代。頭文字を取ってUC世代と呼ばれる。人々に望まれ、生み出された世代。彼らは自己の才能を分析し、その為だけに特化した努力をする。それは一見素晴らしいことのように思える。人よりも優れている分野をひたすらに突き詰めるというのは、個人的にも、そして社会的にも意義のある事だろう。


 あぁ、しかし何処か付きまとう気持ち悪さはなんなのだろう。僕はそれを壊して、解放されたい。いつからかそう思っている。




 海かよ、と脳内で意味の分からないつっこみをする。目の前に広がる想像以上の光景。それが僕をつっこませるのだ。4月、春、入学式。新生活の始まりを、恐らく人生で最も強く感じている僕は、あまりの規模で行われている入学式を見て少し引いていた。


 バスケットコートが4面設置されている巨大な体育館には、1学年300人。3学年を合わせた合計900人。来賓や保護者も合わせると頭が痛くなるような人数がここにいる。心なしか酸素が薄いように感じる。体育館2階の窓からは、宙を舞う桜の花びらが見え、新生活の始まりをもう一度強く実感する。厳格な雰囲気で登壇した校長と理事長が順番に挨拶を済ませ、2時間程度続いた退屈な始業式が終わる。


「それでは、ここに入学式の閉式を宣言します」


 教頭先生らしき人がそう言うと、館内の全員の緊張がほどけるのを感じた。




 私立真栄館高校は、国家と有力企業による才能育成プロジェクト『UC変革』によって生み出された最初の高校だ。30年前に開校して以来、数々の有名人を排出し、全国的にもその校名を轟かせている。


 OBが金を生み、母校に寄付する。そうして卒業したOBが再び金を生み、再び母校に寄付をする。この循環により、金が金を生み、天才が天才を生む。結果として、学校の規模はこの30年で爆発的に増大した。その結果が先程の入学式だということは言うまでもない。


「…で、何?その視線は。僕は万引きなんかした覚えはないぞ」


「そんなに疑ってるような目だった?」


 隣の席で僕をジトジトジロジロと見つめている彼女は渡会結葉。横目で見る彼女は凛としていて、何処か近寄りがたい雰囲気があったが。人とは見かけによらないものだ。


「私たちの名前ってネットで調べると大抵出てくるじゃない?全国大会何位だとか、何とかオリンピック日本代表だとか…。このクラスの人が、何が得意なのか知ろうと思って調べてみたんだけど、雨宮くんだけ全く出てこないの」


「雨宮くん」とは僕。雨宮遼のことだ。調べても出てこないのは当然だろうな。だって何の経歴も残していないのだから。


「調べ切れてないんじゃないの?僕はレアキャラなんだ」


「なにそれ…」


 渡会は相変わらず訝しげに僕を見つめて言う。


「…不正入学じゃないよね」


「まま、ま、まさか!」


 手をひらひらと動かすとますます怪しまれた。


「そういう君は何ができるのかな?探偵さん?」


 そう聞くと、ラケット振るようなそぶりを結葉がする。


「バドミントン。こう見えて結構上手いんだよ」


 知ってる。


「おぉ~」


 ふん、とまんざらでもない彼女は可愛らしい。すらりとした第一印象とは裏腹に、それ程背が高いわけではなくこじんまりとしていて、真っ直ぐに垂れた綺麗な黒髪を肩まで伸ばしている。もっと伸ばせばいいのに、と思ったがバドミントン部ではそうはいかないのだろう。何せ彼女は女子バドミントン全国3位の実力の持ち主なのだから。


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