もう届いてます
ぼくしっち
第1話 始まりの違和感
古賀浩平は、その朝、妙な違和感とともにデスクに座った。
出社してデスクに向かうと、いつもの位置にひとつの封筒が置かれていた。
宛名は、黒のボールペンで書かれている。字は少し滲んでいた。
宛先:古賀浩平 様
(○月○日 配達/書留受領済)
差出人の欄には何も書かれていない。
しかも、その書留を受け取った記憶が、まったくなかった。
彼は首を傾げ、封筒をめくる。
だが、中身は――入っていなかった。
空っぽだった。
「あの、これ……誰か置きました?」
隣の席の同僚に声をかけると、その男は一瞬、目をそらした。
「え、えぇ?ああ、それ……昨日の夕方、机の上にあったよ」
「誰からとか、何か言ってた?」
「……さあ、でも、“ああ、もう届いてるんだ”って、課長が言ってたような……」
浩平は封筒を握りしめたまま、課長の席を振り返る。
課長はPCの画面をじっと見つめながら、呼びかけに無言でうなずいた。
それが、「知ってるよ」という合図のようで、逆に怖かった。
⸻
休憩時間。
自販機の前で部下に話しかけた。
「なあ、俺、なんか“届いた”とか言われてるけど、何の話か知らない?」
部下は、苦笑を浮かべる。
「冗談きついですよ古賀さん。
今さら“知らない”って顔されても、さすがに空気読めって言われますよ?」
「いや、マジで意味がわからないんだ。何も聞いてないし……書類の中身も――」
「はいはい、でももう届いてるんで。はい、お疲れさまでした」
その言葉を最後に、部下は缶コーヒーを片手に立ち去った。
言葉の壁というより、“現実そのもの”が自分を拒んでいる感覚。
⸻
午後の業務。
彼のPCはログインできなくなっていた。
アカウントがロックされているという表示が出て、システム課に問い合わせると、返ってきた言葉はこうだった。
「古賀さん、もう“解除申請の書類”は出されてますよね?
あれ、“あの中”に入ってたと思いますけど?」
「いや、だからその“あれ”って――」
「すみません、次の対応あるんで。お疲れさまです」
冷たく切られる電話。
そのまま、メールも社内ツールも使えなくなった。
⸻
静かに、彼の居場所が削られていく。
声をかけても、返事はある。
けれど、すべてが“もう説明する必要はない”という態度だった。
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