27
(非人道兵器開発の挙証資料としては十分! ただし———)
僕は横っ飛びに駆け出す。
(僕が生きて帰れたらの話だな、これは!)
刹那、背後のシャッターには銃弾の雨が降った。鋼鉄の壁がおもちゃみたいにぶっ壊れる。蜂の巣とはまさにこのこと。
僕は銃弾を撒き散らし続けるヒュージの猛攻を、紙一重で躱し続けていた。
「逃げ足ばかり! 速いな!」
ヒュージは体を捻って腹部の機関銃を撃ちまくる。体内にどれだけの弾が内蔵されているか知らないが、弾幕は途切れることがない。
僕は着実に追い詰められていた。狭い通路内では逃げ道を探すのがやっとであるし、息も上がってくる。それに対して眼の前の改造人間は無尽蔵の体力と弾薬を抱えているのだ。分が悪いにも程がある。
気づけば、僕は通路の隅の隅に追い詰められていた。ヒュージの巨体がこちらに迫ってくる。壁が近づいてくるような威圧感だ。
僕は必死に活路を探した。
しかし、そんなものはどこにもない。
いくつか考えていた逃走経路は、全てヒュージの巨体に覆われている。
綿密に練られた計画も、圧倒的な暴力の前では頼りないものだ。
「……分からない……」
そう呟いたのはヒュージだった。分からないのはこっちだと悪態を吐きたくなる。
「この国が嫌いなら、黙って出て行けば良い。なぜこうも、掻き回す方向にばかり走るのだ、貴様は」
「脳内真っ黒だと思ってたが、案外そういうところに気が回るんだな」
「俺の考えが絶対だとは思っていない。この世には、様々な考えの者がいるからな」
無傷のヒュージは僕を推し量るように睨む。表皮を突き抜け、心臓を射抜かれているような視線だ。
「貴様はナキと仲が良かったじゃないか」
「それとこれとは別だ」
「この国を裏から脅かすのは、死んでいったナキへの冒涜なんじゃないか?」
土手っ腹に機関銃を埋め込まれた野郎に道徳を解かれたくはない。僕はヒュージを睨み返した。
「……ナキは、フルカラーのビリヤードをやりたいと言っていた」
あの球撞きの感覚が蘇ってくる。
「この国は奪いすぎた。内も外も。だから変える必要がある」
「貴様の作戦で、何人が路頭に迷うと思っている」
「しょうがない。この国はもう不味いところに来ているんだ」
共に蘇ってくるのは、怒りだ。
この国を変えようと決意したときから変わらない、現状に対する純然たる怒り。
しかし、僕がいくら感情を発露したところで、眼の前の巨漢は変わらない。
それどころか、クールだ。
「フェルテ・ディクラウンの死も、しょうがなかったのか?」
一番痛い所を的確に突いてくる。
こういう戦術眼に長けた男だ。ヒュージは。
僕は我を忘れて眼前の敵に殴りかかった。右腕で顔面に一発。当然、ヒュージはビクともしない。
「ヒュージ・ハック!」
「貴様のそのような一貫性のなさ、芯のなさ、場当たり的に自分を納得させるだけの甘さが、自らの命を終わらせるんだ」
ヒュージが腕を振り抜く。僕は爆弾の直撃を受けたように弾き飛ばされた。またも鉄のシャッターに激突。喉奥から血が噴き上がる。
「が、は———」
「戦場で生き残るのは合理的な者だけだ。甘さを残したものから死んでいく」
ヒュージのはち切れそうな大腿筋が地面を揺らして迫ってくる。僕は軋む骨に鞭を打って立ち上がる。既に何度も致命傷を食らった。気合で立脚する。
「そうだな……」
前髪と流血で滲む視界の奥に、ヒュージを捉える。
甘いやつから死んでいく。冷静なやつだけ生き残る。
そりゃそうだ。
それはこの世の真理だ。
ナキは甘かった。残存部隊の確認をせずに油断した。
テフォンは分からない。あの黒い男を身を重ねたことが、破滅への一歩だったのかもしれない。
そしてフェルテは、戦地に赴く寸前に、左腕の義手を換装した。
不慣れな重たい腕に換えた。
それが死因になったのだろうと、僕は確信していた。
急に体の一部を変えて、従来通りのポテンシャルを発揮できるわけはないのだ。
「まったく、甘い……」
それに比べて、僕は合理的であると自覚していた。作戦は余念なく組むしそれを実行するだけの覚悟もある。
現にヒュージに追い詰められているが、もしものときの起死回生の策も無いわけではない。
ヒュージがドルルンと排気する。機関銃の残弾はまだ残っているようだ。
「半端な甘さで国中を相手取ろうとした報いだな。散れ、ユウイチ」
僕を狙って銃口が鈍く輝いている。
僕はヒュージに向かって駆け出した。
「自棄になったか! 阿呆が!」
夥しい数の弾幕が僕目掛けて殺到する。
僕は左腕を前に構えた。
フェルテはなぜ、自分の命を
(甘い。甘すぎるんだよ!)
肉体でも武装でも僕を圧倒的に上回るヒュージを斃すには、とにかく相手の意表を突くしかない。
ヒュージは死を偽装してから一度も、表舞台に出てこなかった。僕と再開したのもこれが初めてであるはずである。
(付け入る、隙———)
こいつは
左腕に着弾。火花と爆発。腕が拉げる音がする。粉塵が立ち込める。
「何ッ!」
宙を舞う僕を見上げるヒュージの眼には驚愕の色があった。
「左腕を、切除したというのかッ!?」
「軽くなったぜ、あんがとな!」
左腕の、フェルテから移植した義手を盾として、僕はヒュージの弾幕を捌き切った。左腕は無惨に失われてしまったが、その分身軽になる。
僕はヒュージの頭を飛び越え、背後に着地した。ヒュージは当然僕を狙って振り向くが———
一拍、遅い。
「転化手術を受けて、そう日は経ってないよな、なら……」
僕はヒュージの脇腹に銃口を当てる。
機関銃の機構で巧妙にカバーされていたが、やはりそこには、孔があった。
単色人が持つ、双発の手術痕だ。
「ここがまだ! 柔いはずだろ!」
僕はヒュージの腹部の孔に銃口を突っ込み、残弾の限りを射出した。
無我夢中だった。銃撃の反動で肩口が痺れるように痛む。血煙が舞う。構わずに撃ち続けた。
「………………」
返り血がべっとりとこびりついた銃を、ずるりと引き抜く。
「腹部の機関銃が仇になったな。撃ち込まれた弾が外に出ていかないどころか、体内で跳弾する」
黒い巨漢は、銃弾で内蔵を滅多刺しにされて事切れていた。
「まったく、甘いんだよ」
僕は弾の失くなった銃をホルスターにしまい、長い長い溜息を吐いた。
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