26

 情報量。

 決死の作戦。

 予想外の敵。

 死んだはずの男。

 全身の改造筋肉。

 黒い肌。

 黒い肌。黒い肌。黒い肌。

 溢れる想定外の洪水の中でも、僕の脳はどこか冷静に、現状を打破する方法を模索していた。

 きっとあまりに面白い風貌をしているヒュージに、どこかのシナプスが麻痺してしまっている。

 僕は額の汗を拭った。ヒュージはその厳しい眉を釣り上げ、僕を見据えている。

「お前が死んだと聞いたときは驚いたが……なんだ、そういうことだったのか」

 何が起きたのか、推測するのは容易だった。

 基地内で一番の戦闘力と、そして愛国心を有していたヒュージである。

 それがこんな色黒になって。

「久しぶりだな、ヒュージ。デカくなったな。成長期か?」

「ユウイチ……貴様は、やりすぎた」

 ヒュージは肩に手をかけ腕を回す。ガジャンガジャンとおとよ人体から鳴ってはいけない音が響く。

「ヒュージ、少し見ない間にずいぶん日焼けしたんじゃないか? フロリダにでも行ったか?」

「あそこは四年前に赤の国に接収された」

 僕は駆け出した。

 右腕で一発。ヒュージの心臓をぶち抜く勢いの一撃。

 金属音が響く。

 ヒュージは無傷だった。

「冗談の通じない奴!」

 硬いのは頭だけにしてほしいものだ。

 ヒュージは拳を振りかぶる。

「!」

 僕は全身の汗が干上がるような緊張感を覚えた。

 あの拳骨は不味い。喰らったら———

(一撃でミンチ!)

 僕は鋭くバク宙して場を脱する。瞬間、ヒュージの隕石のような一撃が床に叩きつけられた。地鳴り。停電。爆音。

「おもしれー身体!」

「ユウイチ……貴様は昔から、何を考えているか分からん男だった……」

 明滅する蛍光灯の元、ヒュージが呟く。

「飄々と気楽で、そのくせ重たい執念を覗かせる一面もある……俺はまったく、貴様を計りかねていた」

 僕はくるりと着地する。ヒュージの鋭い視線。

「戦死を偽装して単色人となるとき、基地内に内通者がいるという話があった」

 やはりだ。僕は舌打ちをした。

 ヒュージが戦死したと聞いたとき、奴ほどの男が簡単に戦死するものかと思った。隊長に選ばれるような豪傑である。十発撃たれても死ななさそうな男である。

 あれは上の策略だったのだ。

 ヒュージが死んだこととし、基地内の内通者を油断させる。その隙にヒュージには非合法の改造手術を施し、有事の際に出動させる秘密兵器とする。

 国に対する篤い忠誠心を持つヒュージは、自ら望んででもこういうことをやりそうなものだ。契約はトントン拍子で進んだだろう。

 粉塵のなか、ヒュージがゆらりと立ち上がる。僕は油断なく腰を低く落とした。

「言え……なぜ諜報員などやっている」

「分からないか? この国が腐っていることが」

 秘密裏に集めたデータは山ほどある。それを一つ一つ説明してやっても良いが、そんなことはヒュージに対しては無意味だろう。

「分からないな」

 こいつは最初から僕のことをぶち殺すモードだ。

 脳髄まで黒く染まっている。

「やっぱ、重油まみれの特海鮮定食は毒だったみたいだな!」

「何?」

「脳ん中まで真っ黒だっつってんだよ!」

 僕はホルスターからハンドガンを抜き放ち撃つ。三発の銃弾は過たずヒュージの頭を狙う。

 しかし、その弾がヒュージを傷つけることはない。

「!」

 黒い巨体が残像となる。銃弾は遥か彼方。

 瞬間、ヒュージは僕の真後ろにいた。

「死ね」

 僕は跳んだ。僕がいた場所に鉄拳が振り下ろされる。

 爆弾が投下されたような衝撃。窓ガラスが割れた。

(野郎、全身の改造筋肉のせいで銃弾避けるまでになってやがる!)

 僕が宙返りをして着地すると既に、眼前にヒュージのデカい顔が肉薄している。

 右、右、左、右。致死の拳骨をギリギリで躱す。裂けた空気は僕の頬に裂傷を作った。

 僕はなんとか体勢を立て直し、ヒュージの懐に潜り込む。

 散々組み手をしてきた。ヒュージの動きは頭に刻み込まれている。

 対して、ヒュージは僕の動きを大して知らないはずである。

 近接戦闘技術は意識して低く発揮してきたのだ。

 それに、この技は組み手では禁じられていた。

「僕は死ねない! この国を破壊するまで!」

 思いっきり脚を振り上げる。狙いはもちろん、男の急所。

 僕のブーツがヒュージの股間を撃ち抜く。

 悍ましい金属音が一帯を満たした。

「………………!」

 全身の鳥肌が立つ。

 それは、金属音によるものではなく———

(金属音、だと———)

 チラと見上げると、ヒュージは涼しい顔をしていた。金玉を蹴撃された顎のデカさではない。

 瞬間、視界が歪む。

「———ッ!」

 痛みは後から来る。殴られたと分かったのは背後のシャッターに激突してからだった。

「この国を破壊だと? 貴様なんぞに、そんなことができるか」

 ヒュージがにじり寄ってくる。僕は喉奥の血を吐き出して敵を睨んだ。

「全身改造……金玉まで捨てたか。もうガキを作れないな!」

「貴様のように姦淫に惚けている空け者と、俺は違う」

「何……?」

 ヒュージはその胸筋ではち切れそうになっていた戦闘服のボタンを外してゆく。

 黒い巨体が顕になる。

 僕は蹴撃の際、なぜ歪な金属音が響いたのかを理解した。

 全身の血の気が引く。

 ヒュージの腹部は、まさに黒鉄くろがね色だったのだ。

「腹部機関銃……だと……!?」

「国のために死ね、ユウイチ」

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