絶ち鋏
あけび
絶ち鋏
友達とは何だろうか。
彼の脳裏にまず思い浮かんだのは、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』で語られた友情論だった。
友情には大きく分けて三つの種類があるという。
1.快楽に基づく友情:一緒にいて楽しいから
2.有用性に基づく友情:お互いに役立つから
3.善に基づく友情(徳に基づく真の友情):相手の人間としての善を愛する
このうち、三番目こそが最も価値があり、かつ長続きするとされている。彼がこの論を思い出したのは、決してそれを批判し、逆説を
友達を作らないと、どんなデメリットがあるのだろう。世間でよく言われるのは、孤独死や
彼が親友と出会ったのは、小学生の時だ。名前は
「
この一言は、今まで聞いたどの宜しくよりも心地よかった。いつもやってることとか、そんな話から始まった。在り来たりな会話に普段なら飽き飽きしているところであったが、その子だけとは苦じゃなかった。そして明人がいつも一人で過ごし友達ができたことがないということを聞いて、肩の力が一気に抜けた。それは心の底からの
だが裏切りはいつだって唐突にやってくる。高校まで一緒に進学した二人は、またしても偶然、同じクラスになった。泰斗は内心、安堵していた。これからも変わらず、あの静かな友情が続いていくものと信じていたからだ。だが、明人は変わっていた。いいや──正確には、「変わり始めていた」のだ。最初に気付いたのは、髪だった。明人の髪は、中学時代までの真っ黒なストレートから、茶色に染められ、軽くパーマがかかっていた。眼鏡もなくなり、代わりにコンタクトに変わっていた。
「……最近、忙しそうだね」
その一言に、明人は一瞬だけ間を置き、ほんの少しだけ困ったように笑った。
「ああ、ごめん。まぁ……なんか、いろいろとさ」
その笑みは、かつて自分に向けられていたものと同じではなかった。ほんのわずか、よそよそしさが混じっていた。それを敏感に察知した自分が、嫌だった。
「……楽しいの?」
無意識にそう聞いていた。
「うん、まぁね。前より、色んな人と話せるし」
その答えに、泰斗は何も返せなかった。何かが胸の奥で崩れた音がした。──ああ、そうなんだ。君は、変わってしまったんだ。泰斗は落胆しなかった。怒りもしなかった。ただ、自分の見る目のなさに呆れた。それだけだった。五年間、ずっと信じ続けた「同志」が、実はただの「一時的な共感」でしかなかったという事実。それを突きつけられただけだった。それから彼は、明人に話しかけることをやめた。明人も、それを追いかけることはなかった。人間は、予想通りに不合理的な選択をするものだ。
泰斗は、改めてその言葉を噛み締めていた。
デスクに向かって、泰斗は作業を黙々と続けている。ああ、早くゲームを完成させなければ。アイデアが止まらない。思い立ったが吉“時”、それが信条だ。後ろで無造作につけっぱなしだったテレビの爽やかな音が鳴る。
「世界で人気を誇る
──ああ、またか。勝手に報道してろ。僕は僕のやることをやるだけだ。小中高の同級生たちは、彼が名を知られ始めた頃から、XのDMで連絡を寄越すようになった。
「久しぶり!小学校の頃の同級生の○○だけど、元気してる?すごいな、今はこんな有名人か。今度暇?時間あったら場所指定するから来てほしいな。」
こんなメッセージが、結構来てた。きっとみんな昔は僕のこと馬鹿にして、友達いないで独りぼっちだって卑下してたんだろう。僕が有名になったから、声をかけてきたってだけだ。──くだらない。薄っぺらい。彼はそう思っていた。明人からもこんな手紙がポストに投函されていた。
「久しぶり、明人です。いかがお過ごしでしょうか。僕は大学で経営学を学んで、会社の同僚と結婚しました。毎日充実した日を過ごしています。(省略)小さい頃は、ずっと友達でいてくれてうれしかった、ありがとう。」
一行、一行、目を追うたびに、体のどこかが冷たくなっていった。気付けば、その手紙は幾つもの欠片になって、床に舞っていた。ただの自慢にしか聞こえなかった。──いきなり何なんだよ。何年も音沙汰なしで、突然手紙ひとつ。こっちは、あの時間が人生のすべてだったんだぞ。それをお前は、「ありがとう」だけで済ませるのかよ。
同級生たちのXアカウントも、すべてブロックした。僕が裁ち
絶ち鋏 あけび @akebin0620
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