疾風迅雷のアークナイト

舞零(ブレイ)

第1話 人質

「う…うぅーん…」

目覚まし時計がジリジリと音を立ててから数分が経っている。そろそろ起きて支度をしないと講義に間に合わない。

 重いまぶたと頭に四苦八苦しながら時刻を確認。8:57。昨晩お酒を飲んでいてもちゃんとメイクを落として就寝した自分を褒めたい。

 

 春日乃かすがの祥子しょうこはベットから起き上がり簡単な朝食の支度をした。

 大学2年の彼女は昨夜女友達と飲みに誘われ彼氏の愚痴を永遠と聞かされて次第にヒートアップし一緒になって悪口を言い合って、悪酔いした。話した内容はほとんど覚えていないが普段酒をほとんど飲まない彼女が泥酔して帰宅するほどと言えば想像に難くない。

 昨晩は飲み過ぎてしまったが、祥子が二日酔いで学校に行くことはほぼない。彼女は1年の時から1度も学校を休むことなく講義を受けている。祥子の友達は祥子の勤勉さに驚きを通り越して若干引いている。

  

 

 祥子が朝食を終え顔を洗っていると玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に郵便が来るわけないと訝りながらもパジャマ姿のままドアを開けると、目の前には誰もいなかった。



 祥子の頭はパニックになっていた。まず玄関を開けたらいつも外出時に見慣れた景色とまったく違っていた。祥子が一人暮らしをしている2階建てアパートの手すりもなくすぐ目の前にあったはずの道路も見えない。代わりに広がっていたのはだだっぴろい草原。そして数百人にも及ぶ人数での合戦。彼らは各々手に持った武器を手に命の取り合いをしていた。剣を振るう者、杖を使い炎を操る者、怪物を飼いならす者。戦っているのは人間のように見えるが、左方の陣営の者たちには闘牛の様な角が生えている者がちらほら見える。

 

 祥子はまずこれが夢じゃないかと錯覚した。昨日の飲酒量を考えたら未だに酔いが醒めなくても不思議ではない。だが夢にしては辺りの喧騒や怒号がリアルすぎる。今朝起きてからのことははっきり覚えている。祥子は漫画やアニメを嗜む程度には見ているが、正気を失うほどのめり込む程ではない。唐突に現実から乖離した妄想を繰り広げるような異常性の持ち主でもない。ならば、今見ているこの世界が、現実――


 

「なにこれ……」

私なんでこんな世界に来ちゃったんだろう……?玄関を開けたら急にこの世界に飛ばされてた。あっ……じゃあドアに入ったら元の世界に戻れるんじゃ?……あれ?…ドアがない?…じゃあどうやって帰るの……?

 ていうか……この状況ヤバくない!?私この戦火のほぼど真ん中なんだけど!……この辺の草に飛び移ってる炎って本物だよね!?早くここから離れないと……


「君!こんなところで何してるんだ!?」

急に後ろから声を掛けられた。

「あの…私、気づいたらこの世界に来てて…」

「そうか。私に付いてきなさい。とりあえず安全な場所に案内しよう」

話しかけてくれた人はなんだか紳士そうな長身の男の人だった。なんとなくここにいる人は怖い人ばかりだと思っていたけど見ず知らずの私を助けてくれる人もいるんだ…。

 そうしてこの男の人の後ろについていくと、なんだか戦場から離れていると言うよりむしろ近づいているような気がしたけど黙ってついて行って……急に振り返って私を持ち上げて走る…と言うより低空飛行で飛んで戦場の中心に向かって……。

「人間共!!この女を殺されたくなかったら武器を捨てろ!!」

私はすごい力で羽交い絞めにされていた。人質にされたみたい。


 ああ……私の人生ここで終わりかな……。急にこんな世界に飛ばされて親切な人だと思った男の人に騙されて人質にされて……こんな急展開万年地味子の私には似合わないよ……。

 たぶん「人間」って言われてる人たちはおどおどしながら武器を目の前に置いて抵抗する気がないことを示していた。でもそんなことしたらこの人たちやられちゃうんじゃ……。

「ハハハハ!!ずいぶんとあっけない幕引きだな!手始めに貴様らのリーダーの首を……」

急に私を人質にした男の人が話すのをやめた。後ろを見たらいつのまにか別な男の人がいて剣で体を貫いていた。力が緩んだ隙に私を抱きかかえて人質から解放してくれた。

「勝利宣言がはぇんだよ、間抜け!」

「貴様…まさか…アークナイトか!?」

「その名はとっくに捨てたぜ。今はただのウィリップだ」

ウィリップって人が私を助けてくれたみたい。ウィリップさんは私の顔を見て、

「かわいい顔した女だな。ゾルガ、お前いいセンスしてんな。―――安心しな。俺があんたを助ける」

そう言って抱きかかえていた手を放してウィリップさんは私を突き飛ばした。なんだか地面の抵抗とかをまったく感じない飛ばされ方で10mくらい突き飛ばされて私は別の男の人に抱きかかえられた。


「大丈夫かい?お嬢さん」

「はい…怪我とかはないです…」

「ウィリップの野郎…あいかわらず乱暴だな。結果的にお嬢さんが助かったからよかったが、少しでもゾルガの膂力が残っていれば殺されてるぞ…。とにかく、早くここから離れた方がいい。私が護衛しよう」

「ありがとうございます……」

「心配しなくてもさっきの男みたいに騙したりはしないよ。実はね、君のような境遇でゾルガの力で強制的にこの世界に連れられてしまった人はたくさんいるんだ。あいつは、いきなり戦場に来て訳が分からなくなった人を誘導して人質にとってくる卑劣な魔王軍幹部の一人だ」

「あの人魔王の手下だったんですね」

「ああ、見た目は人間に似せてるけど中身は見ての通りだ。――ところでお嬢さん名前は?」

「春日乃祥子って言います」

「カス・ガノ・ショーコ?」

「……あの…ショーコでいいです」

「おおそうか。私はマイクだ」

マイクさんは私を連れて徐々に戦場から離れていく。


 祥子が人質から解放されそれまで武器を捨てていた人間側が再び武器を手に持ち魔王軍と対峙。戦況は拮抗していたが敵陣のリーダーであるゾルガが急襲され明らかに連携が崩れ、現在はウィリップと交戦している為、指示を出せる状態ではない。ゾルガさえ倒せれば人間側が圧倒的に優勢になる。

 ゾルガは不特定ではあるが異世界から人間を転送することができる。この能力は自分を瞬間移動する力の応用。つまりゾルガは飛行能力に加え瞬間移動も可能だ。確かにゾルガさえ倒せれば人間側が勝つのはほぼ確定するが、ゾルガに攻撃を当てるのは困難。先ほどは上手く油断した隙を突けたがそう何度もチャンスは訪れない。そしてゾルガの力はそれだけではなく、先ほどウィリップの剣で貫いた胴体の穴はすぐに再生するほどの回復能力。さらに中~遠距離に対応できる攻撃魔法の数々。

 ウィリップは地面を抉るような巨大な火炎弾を空中にジャンプして避けた。7mは浮遊している。とてつもない跳躍力だが、これを好機とみたゾルガが空中のウィリップに間髪入れずに再び火炎弾を発射。しかしウィリップはまるで空中に床でもあるかのように再びジャンプしてさらに斜め上空に飛ぶことで回避。これにはゾルガも驚く。


 あのウィリップって人…本当に人間?なんか『スマブラ』の2段ジャンプみたいに飛んでるんだけど…?


「ヒュンヒュン逃げ回ってんじゃねぇよクソ野郎!」

「貴様が我を捉えられないだけだろう」

「ちっ」とウィリップが舌打ち。確かにウィリップは素早い動きでゾルガの攻撃を避け続けているが、ウィリップからは初手以外一切攻撃できていない。敵の隙を突く術が用意できなければジリ貧でウィリップの敗北が濃厚。

 

 

「何か…私にできることってないかな…」

「何言ってるんだ!これ以上関わるのはやめなさい」

「だって…あのウィリップって人だけじゃ倒せそうにないし…」

「ゾルガのことはウィリップに任せておくんだ。…だいたい何でショーコさんが命を賭ける必要があるんだ?君はこの世界に来たばかり。私たちはついさっき知り合った赤の他人だろう?」

「それはそうですけど……あの人は私のことを『助ける』って言ってました。ウィリップさんがいなかったら私は今も人質になっているか殺されているかのどっちかです。…私も助けたいんです、彼を」


 

「どうした?そろそろ動きが鈍ってきたか?人間とはどんな力を持っていても脆弱なものだな」

「……いちいち口が減らねぇな。今すぐにでもてめぇの首を、」

ウィリップが話すのをやめたのは視界に祥子を捉えたからだ。彼女はやや駆け足でウィリップとゾルガの方へ向かっている。その迂闊な動きをゾルガが見逃すはずはなくすぐに祥子を手中に収めようと駆け出す。

「馬鹿!!!」

ウィリップも祥子の元に駆け出すが、辿り着くのはゾルガの方が早い。

 祥子は再びゾルガに羽交い絞めにされ人質状態になった。

「ハハハハ!!再び我が手中に戻ってくるとはな!まったく愚かな小娘だ」

「愚か者はあなたの方ですよ」

「何?」

祥子は隠し持っていた球状の塊を地面に叩きつけた。その瞬間祥子とゾルガが激しい閃光に包まれた。光と炎を掛け合わせた魔弾がゾルガを追い詰めた。ほとんどの魔法に耐性がある魔族も光には弱い。加えてこの魔弾は周りの炎を取り込み光の強度を上げる。人間の祥子には目眩まし程度の攻撃も、魔族のゾルガには威力を発揮する。

「おのれ…小娘が!」

目を閉じて閃光を防いでいた祥子に拘束の力を強めるゾルガ。そのまま圧死させようとする所をウィリップが駆け付けゾルガを両断。胴体と脚部に分かれて祥子の拘束は解かれたが、未だ力を残しているゾルガがウィリップを急襲するが、至近距離で放たれた闇魔法――黒の束を躱し、口を大きく開いて噛みつこうとしたゾルガの口にウィリップが剣を突き刺す。

「うご…あああああ!」

ゾルガはその後も弱弱しい奇声を上げ、しばらくすると息絶えた。


 

 



 

 

 



 



 

 

 

 

 

 

 

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