第7話 根深さ勝負
土曜日、まだ春の気配が漂う山裾を、朔と宮司は四輪駆動の軽トラで登っていた。
「人里離れすぎやろ」宮司係長が笑う。
助手席で揺られながら、朔も思わず同意する。
標高400メートル、杉林の奥に、ぽつんと一軒家があった。
地元ではタケノコ掘りで有名な古賀肇。
嶺岡議員の元選対スタッフからは「新幹線高架反対運動の中心人物」と伝え聞いているが、宮司はそんなはずはないと言う。
軽トラを降りると、広い竹林から、豪快な笑い声が響いた。
「おお!久しぶりや。タケノコまだないぞ。今年は裏の年やんね」
丸太のような腕、日焼けした精悍な顔にはびっしりと白い髭、頭にタオルを巻いた男。古賀肇だった。
朔は一礼して、名刺を差し出した。
「実は新幹線のルートについて、お話を伺いたくて」
古賀は眉をひそめ、タオルを外した。
「…あれか」
タケノコ山の小屋で、瓶ビールのケースにそれぞれ腰掛けると、古賀が話し始めた。
古賀は渋い声で切り出した。
「俺たち地元の農家は、反対運動なんかしてない。暇もないし、人もいない」
朔と宮司は顔を見合わせた。
「たしかに、一番最初の説明会では、少し文句も出たかな。けどな、もともと山に高架が通るだけ。しかもそのルートの九割がうちの山。通るなら通るで仕方ないってな」
「じゃあ、反対運動は?それでルート変更せざるを得ないって説明してたらしいですよ」宮司が訊いた。
「どこからともなく現れた。山の持ち主の俺が良いって言ってるのにな。知らん顔ばっかりだったよ、ありゃよそ者だ」
古賀は当時を思い出すように、しばらく黙った。
「山の麓まで、何人かはスーツで来てな。ワゴンの中で着替えるんだよ農民ルックに。それはそれは綺麗な農作業着で『地元農民による反対デモ』ってな。当時はテレビで報道もされた。でも地元のもんは何もしてない。旗持って叫んでた連中なんか、一人も知らん」
朔の背筋に冷たいものが走った。
「で、その後、急に反対運動やってた団体が手を引いた」古賀は続けた。
「説得に来たのは、嶺岡って議員だった。顔だけ覚えてる」
「そのとき、何か文書を受け取りましたか?」朔は何か手がかりとなるものを持ち帰りたい。
古賀は少し間を置いて、頷いた。
「覚え書き、ってやつか。ルート変更と補償金額の修正についての説明があったな」
「どこにありますか?」
「小屋にあるかな、ちょい待ち」
古賀はゴツゴツした手でトタン小屋の扉を開け、中を探り始めた。
数分後、埃まみれのダンボール箱を抱えて戻ってきた。
「これや。きったねぇな、すまんね」
中には、手書きのメモやコピーが雑然と突っ込まれていた。
その中に、一枚だけ丁寧に作られた文書があった。
【幹線道路推進協議会:地域振興策覚え書き】
・対象地域住民への補償交渉状況を説明
・補償対象施設一覧(仮)
①古賀肇氏所有山林(当初の3割に減額)
②FUサラサ農産物選果場※
③六車ダンボール第三倉庫※
④庄司農場所有農業倉庫※
※印は修正案による追加収用施設
・議員連絡責任者:嶺岡正義
「…うわぁ」宮司が低く唸った。
「これ…」朔の資料を持つ手が震える。
古賀の声に、怒りが滲む。
「マッチポンプだ。反対運動をけしかけて、自ら説明に駆けつけ沈静化。おおよそ金でも握らせて集めたんだろ。反対運動を口実にルート変え、我田引水」
朔は、覚え書きを両手で掴み、じっと見つめた。赤と青、二本の線。
「追加収用」対象リスト。
議員の名前。横には『嶺岡』と捺印まで押して。
「…必ず、明らかにします」
「やれるか?」
古賀が問いかける。
「はい、やります」
朔は、はっきりと答えた。
「この国じゃ百姓はバカにされがちだ。でもな、根っこは簡単には枯れんのよ」
古賀は立ち上がり、タケノコ山を見渡した。
「百姓ってあらゆることができるって意味やけんな、百姓なめたらいかんぜよ、統括会」
朔は、拳を強く握った。
「…おっしゃるとおりですね」
帰りの車中。
宮司は笑いながら言った。
「いい話聞けたな。これで形勢逆転や」
朔は、黙ってうなずいた。
嶺岡議員。
庄司組合長。
品川専務。
六車段ボール。
線でつながった。
宮司が冗談めかして言う。
「朔さんや、次はどうします?」
「ここは、告発でしょう」笑いながら返した朔は、フロントガラスの向こうに広がる、県庁所在地の街並みを見据えた。
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