第6話 デスクマット(透明)スキャンダル
> 「肥料の写真、うちのより断然安い、中身同じやろ?」
> 「どこのFU?今度からここで買うわ。袋見た感じ全国版?」
次の日、出勤してパソコンを起動、ペルソナボックスを開いた朔は、違和感に気づいた。投稿ビューが異常に伸びている。
> 「これ、サラサより袋あたり700円安い。サラサ終わったな」
「サラサの庄司組合長から早坂専務あてに抗議が来ています。至急、専務同席で謝罪に、とのことです」高崎次長が朔に冷たく告げた。
匿名のペルソナボックスだが、リアルな知り合いはアカウントが瀬又朔のものであることを知っている。
誰かがFUサラサの役員に、朔の投稿を晒したらしい。
早坂専務とともに、広報車に乗り込み、サラサ本所へ向かった。
車内で対応を色々打ち合わせた。
肥料パッケージごときにこだわって、組合員の利益を考えない思考力の低さにうんざりしていたと朔が語ると「気持ちは分かる。君はすべての会議・研究会に出席していたからね。私は君の議事録読むの結構好きなんだよ」早坂専務は穏やかに笑う。
組合長室で待ち構えていたのは、庄司組合長、品川専務、花輪営農常務、そして土谷係長。
テーブルの上には、赤ペンでラインが引かれたコピー用紙の束が積まれていた。
「来週から肥料即売フェアなんだよ!こんな価格差を公表されてどうしてくれるんだ!」花輪営農常務の舌鋒が鋭い。
「この画像を組合員さんが持ってきて、これぐらい安くできるんやろと言われたらどうする。統括会が値引き分を補償してくれるのか」品川専務も続く。
補償?そもそもパッケージのせいで価格を高く設定しているお前たちが?
朔は憤懣やるかたないままで、資料にじっと目を落とす。
およそ1年分。ペルソナボックスにおける朔のアカウント投稿をスクショして、役員全員に配布したらしい。
土谷係長のやりそうなことだ。
鬼の首を取れて、興奮してきた花輪営農常務の怒声が飛ぶ。
「”研究会で段ボールの値段が10円下がったらどうなりますかって、こいつら日本語分からんのかな”、匿名でこんなことを統括会の職員が書いているとは!情報漏洩じゃないのか、早坂専務」
「情報漏洩には当たらないと思いますが」早坂専務が冷静に言葉を返す。
朔は、ただ静かに聞いていた。
—こんな頭の悪いやつらと仕事できるか。―
組合長室の壁には『組合員の夢、組合員の利益、組合員ファースト FUサラサ』とビジョンが掲げられている。
いまのところ、組合員の利益という単語はこの部屋には存在していない。
「ペルソナなんとかには、サラサの組合員さんも数名いるんだろう。現役の理事も瀬又さんの投稿を見ている可能性がある。この投稿を見た可能性がある先に顛末を説明して、謝りにいってください」黙っていた庄司組合長が口を開いた。
―あやまる?何を?―他の県はパッケージデザイン料が発生してないから肥料が安くてごめんなさい。とでも言えばいいのか。
心の中で、決意していた。退職しよう。
広域合併なんでどうでもいい。
こんなのがのさばる組織で、真剣に農家のことを考えようと思う人間は育たない。
ここに未来はない。
叱責が一段落し、帰り支度をしていたとき。
ふと目に入った。
組合長室のデスク、透明なマットの下に何かが挟まっている。
それは地図だった。赤と青のライン。
朔は思わず足を止めたが、すぐに地図から目を逸らした。
見たことを気づかれてはいけない。
まだ修正ルートはお国が検討中、外部に出回っていないはずだ。
すでに朝イチで削除した、昨夜のペルソナボックスの投稿を見た可能性のあるサラサの組合員4名にアポを取り、早坂専務とともに説明に伺った。
「はぁ?見てねぇよ。ペルソナまだやりようやつおったん」
「おぉ!瀬又くん久しぶり〜!あら専務さんと視察?あれか?サラサがまた、やらかしたの?」
「見た見た!あんな安くなるなら合併早くしようよ。え?謝りに来た?何を?」
誰もが瀬又朔を歓迎し、他県の肥料価格をリークした「不祥事」に関心がなく、経営や所属するFU組織について逆に相談されるなど、瀬又の人気ぶりに早坂専務は驚いていた。
「君は長らく県青年団の事務局だったか。素晴らしい仲間がたくさんいて羨ましい。私も農業政策部にいたころは、あぁいう農家さんたちと侃侃諤諤、熱く議論していたなぁ」
助手席の窓を見やり、懐かしむ専務の表情を横目で見ながら瀬又朔は、「もう辞めます」の言葉を飲み込んだ。
翌日。朔は重松亜土夢(しげまつ・あとむ)を資料室に呼び出した。
FUサラサから情報部に出向している若手職員。
「統括会の事務所に、監視カメラがあるの知らなかったろ?」
重松は、顔色を変えた。
「…っ」
「ペルソナボックスのアカウントも、お前が土谷に報告したんだな?」
重松は震えながら白状した。
「すみません…俺がファイル盗みました。土谷係長に、言われて」
「ほぅ。土谷は地元では意外と慕われているんだな」
「出向しても、こっちに勤務するようになっても保険の実績ノルマは、課せられていて…土谷さんが、達成できるように、いろいろ融通してくれるって…」
保険の実績を手配する代わりに、スパイになれ。
「償え」朔は低い声で言った。
「サラサ組合長室のデスク、挟まれている地図を取ってこい」
「…そんなこと、できません…」
「じゃあ、これからお前の保険実績を精査してみよう。まさか”自爆”してないよな。任期満了せずにFUサラサに帰りたいか」
重松の顔から血の気が引いていく。
「分かりました…やります…」
翌日の夜。画像ファイルが届いた。
組合長デスクの透明マットに挟まれている状態の地図。赤い新ルート、青い旧ルート。
二枚目の画像は自宅で重松が地図を手にしているところ。
地図の端に手書きでこうメモされていた。
> 「4/17 済:嶺岡よりTel」
「…よっし」
朔は身震いして、深く息を吐いた。
「反撃開始です」
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