第2話 白亜の森
「それで……そもそもここは何処なんだ……?」
「ここか? ここはブリンガル王国の更に最西端にある〈白亜の森〉の最奥地だ」
「ブリンガル王国だと!?」
俺はサーシャの言葉に思わず大声を出してしまった。
ブリンガル王国。
それはこのアリアス大陸の最北端に位置する国家の名前だ。
ブリンガル王国は、その国土の七割を巨大な森林〈白亜の森〉が占めていた。
そしてその〈白亜の森〉のほとんどは未開の土地であり、様々な伝説や迷信が飛び交う場所でもあった。
例えば〈勇者ライデン〉の墓があるだとか、実は高度に発達した国が栄えているだとか。
そんなロマン溢れるがどこか眉唾な伝説が数多く語り継がれている。
だから中等学園で禄に授業すら受けていなかった俺でも覚えていたのだ。
俺が生まれ育ち、そしてスラムで死にかけていた場所は、アリアス大陸の南東に位置するビアリス王国の王都だった。
ビアリスの王都からこの〈白亜の森〉まで、おそらく徒歩で二年ほどはかかるはずだ。
俺はそんな長い間気絶していたのか……?
いや、流石にそれは考えづらい。
ということは何かしらの魔術を使ったと言うことになるが……。
「ふむ。どうして遠く離れたブリンガル王国にいるのか、という顔をしているな?」
「そりゃそうだろ。気絶している間に、徒歩で二年、どんなに速い馬を使ったって半年以上はかかる距離にいるんだぞ。不思議に思って当然だろ」
俺が言うと、サーシャは腕を組んで一瞬考えた。
それからユキハの方を見て言った。
「おい、ユキハ。アレはあるか?」
「アレは先ほど使った分で切れてしまいました! もう手元にはありません!」
「そうか……。実物を見せた方が早いと思ったんだがな」
「実物を見せたところで意味はないと思います! 貴重すぎてなかなか使えないですし!」
「……それもそうだな」
そんな会話が俺の目の前で繰り広げられる。
何を言っているのかさっぱりだ。
しかしどうやら〈アレ〉というものが俺をここまで運んだ秘密を握っているらしい、ということは何となく分かった。
「で、アレって何だ?」
「〈転移結晶〉だよ。聞いたことないか? 実物は見たことなくても話くらいは聞いたことあるだろう?」
「……聞いたことはあるが。それってただの伝説の類いじゃないのか?」
「そんなことはない。〈冷徹山脈〉の地下深くに五十年に一度、高純度の〈アグライト結晶〉が生成されるんだ。それを任意の地点で叩き割ると、結晶がその地点を記憶し、転移魔術が使えるようになる」
「本当にあるものなのか……」
「ああ。まあ貴重すぎて一般人には手に入れられないから、ただの伝説だと勘違いしていてもおかしくはないがな」
なんて事ないようにサーシャは言った。
英雄の家系に生まれ、一国家の伯爵家の長男として育った俺ですら見たことがない〈転移結晶〉を持っていたなんて。
このエルフ、一体何者なんだ……。
ここが未開の土地〈白亜の森〉の最奥地だって言うし、それらが全て本当なら、コイツはただのエルフじゃない気がする。
まあ、そんなことより。
ここが本当にブリンガル王国だとすれば、かなり困ったことになった。
俺は両親に一言でも謝罪をしに行かなければならないと思っていた。
例え許されなかったとしても。
だから、サーシャに所有物宣言されたとは言え、どこかで隙を見計らって逃げ出し、自宅に帰ろうと思っていた。
しかし二年の旅をする必要があると考えたら、そうも言ってられない。
それにここが〈白亜の森〉だとすれば、そもそも森から出ることすら難しいかもしれない。
この〈白亜の森〉が未開の理由は、強力な魔物たちが跋扈しているからとも聞いたことがある。
そんな中を無能な俺が無事脱出できるとは考えづらい。
てか――
「そういえば俺を所有物宣言したのってどういう意図があるんだ?」
「決まっている。お前に私の知識や技術の全てをこの一年で叩き込む。そのためにお前をここまでさら――連れてきたのだよ」
「今攫ってきたて言おうとしたよな?」
「はて、なんのことやら」
惚け顔でそう言うサーシャに思わず呆れてしまう。
「で? 何で知識や技術を叩き込もうとするんだ? それってサーシャにとって損でしかないだろ?」
「…………それはただの道楽だ。それ以外の理由はない」
かなり時間を置いて、サーシャは言った。
……ふむ、これは何かそれ以外の理由があるパターンだな。
しかし聞いても答えてくれなさそうだし、別にそこには興味がない。
それよりも――
「そもそも何で俺を選んだのかが気になる」
「……3892人」
ポツリと呟くように言ったサーシャの言葉に俺は眉を顰める。
「その数字には何の意味が?」
「私がこれまで攫ってきた孤児の数だ」
……攫ってきたって言っちゃったよ、この人。
しかもそんな数攫ってるのかよ。
歴とした犯罪じゃないのか、それは。
「そしてそのうちの3892人は私の修行に耐えきれず、結局みな街に帰した」
「……なるほど。それほどまでに過酷なことを俺にやらせようと」
「そういうことだ。もちろん反論は許さない。私にはもう時間が残されていないからな。お前には完遂して貰う」
3892人。
その人数の多さに俺は無意識に冷や汗をかいていた。
どれだけ過酷な特訓が待ち受けているのかと。
しかし……俺は決めたんだ。
生き残るため、そして両親に謝罪するために、俺は力をつけるのだと。
俺は冷や汗をかきながらも、口元を笑みに歪めていた。
「……やってやろうじゃないか。その修行とやらを」
「当たり前だ。やって貰わなきゃ困る。お前は私の所有物なのだから」
俺は右腕だけを使って上半身を持ち上げた。
左腕がないから危うくバランスを崩すところだったが、ユキハに支えて貰い何とか体勢を立て直す。
それから真っ直ぐサーシャの方を見つめて、歪んだ笑みを浮かべながらこう言うのだった。
「俺がアンタの知識や技術を全て奪って、所有権を逆にしてやるよ」
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