第5話:アルスがクラン拠点の街からいなくなった(アンジェ視点)

 アルスがこの街からいなくなって一週間程が経過した。


 噂ではアルスは私達の逢瀬を見たその日に号泣しながらこの街から出て行ったという話は街の人達から聞いた。


(私と破局したからと言ってそんな号泣しながら街から出て行くなんて……本当に最後まで女々しい男だったわね)


 私は最後までアルスの女々しい所にうんざりとしていった。まぁでもこれでアルスと円満に別れる事が出来て清々したわ。


 だけどそんなアルスが号泣しながら街から出て行ったという奇妙な話はクランメンバーの耳にも届いてしまったようだ。そしてアルスが今現在行方不明になっているという事で今日は急遽クランの会合が開かれる事になった。


 まぁでもそう会合と言ってもクランメンバー全員が集まって開くわけではない。だってクランメンバーは総勢で50人以上もいるのだから、そんな大人数で会合を開いても話がまとまらないからね。


 だから私達のクランの会合は基本的に幹部以上だけで集まる事になっていた。そして会合で話し合った内容は改めて別日に残りのクランメンバーにも共有するという流れになっていた。


 という事で今日の会合もいつも通りその流れに沿ってリーダーのギースと幹部5人によって開かれていた。本当はいつもなら副リーダーのアルスもここにいるんだけど、まぁ彼はもうこの街にはいないのだから参加しようがない。


「それで? アルスがいなくなった理由は誰か知ってるのか?」

「いや、私は何も知りませんけど……でもアルスさんが街の中を大号泣しながら駆け回って行ったというのを人伝に聞きましたよ。アルスさんってあんまり泣いたりするイメージ湧かないんですけどそれって本当なんですかね……?」


 まず最初に私と同じクラン幹部であるジークとセシルが口を開いてそう言ってきた。


 ジークは47歳の男性で熟練の冒険者だ。ジョブは大きな盾を駆使して戦う聖盾士パラディンだ。常に前線に立ちクランメンバーを敵の攻撃から守り続ける心優しき冒険者だ。


 セシルは20歳の女性でとても才能のある魔法使いだ。冒険者を始めてまだ5年しか経ってないのに、強い上級魔法を既にいくつも習得している。こんなに若いのに沢山の上級魔法を習得してるなんて天才としか言いようがない。


 そしてそんなセシルの使いこなす上級魔法で敵をバッタバッタと殲滅していくのはいつも見ていて清々しいものだ。


「えぇ。セシルが聞いたというその話は事実よ。そしておそらく彼はもうここには戻ってこないわ」


 私はジークとセシルが尋ねてきた事に対してそれは事実だとはっきりと伝えていった。そしてアルスはもう二度とここには帰ってこないという事も伝えていった。


「その話って事実だったのか? あはは、アルス何してんだよー。あ、もしかして不味い物でも食って腹でも壊したとかかー??」

「お腹を壊したくらいで大号泣なんてしないでしょ。というか……アルス君はもうここには戻ってこない? それってどういう事なのかしら? アンジェちゃん?」


 残りの幹部のラッツとマリアも私に向かってそう尋ねて来た。


 ラッツは年齢はわからないんだけど見た目は20代半ばのエルフの男性で、ジョブは弓使いアーチャーだ。遠くに離れた敵でも百発百中の精度を誇る凄まじい狩人だ。普段はチャラチャラとしているのだけど、冒険中は凄く頼りになる後衛アタッカーだ。


 マリアは常に魅惑的な雰囲気を醸し出している31歳の女性だ。ジョブはモンスターを使役して戦う召喚士サモナーで、今までに倒した事のあるモンスターを呼び出して戦わせるという一風変わったスタイルで戦う女性だ。彼女の呼び出すモンスターとのコンビネーション技にはいつも驚かされるばかりだ。


「そ、そうね。アルスがここに戻ってこない理由は……その……」


(……どうしよう、本当の事を言っても良いのかしら……)


 そして私はマリアにそんな事を尋ねられてちょっと答えに困ってしまった。だって私は一切悪くはないんだけど、でもアルスが出て行ったのは私達の痴話喧嘩みたいなものだし。


 だからそんな私達の痴態を幹部の皆にさらけ出すのはちょっとだけ恥ずかしいと思ってしまった。


「? どうしたのアンジェちゃん? もしかしてアンジェちゃんはアルスが居なくなった理由を知ってるのかしら?」

「い、いや、それはその……」

「もういい、アンジェ。ここからは俺が話す」

「あ、ギース……良いの?」

「あぁ、もちろん良いに決まってるだろ。お前が皆に話すのが辛いようなら俺が代わりに話すのがリーダーの役目ってもんだ。って事でここからアンジェに変わって俺が話す。いいか、皆よく聞いてくれ。実はな……」


 私はマリアからの質問にどうやって答えようか困っていると、そんな困っている私の事を見てたギースは颯爽と私の前に出てそう言ってきてくれた。


 ふふ、やっぱりジークはアルスとは違って凄く男らしいわよね。


「アルスの野郎がこの街から飛び出して居なくなった件についての話なんだが……実はアイツはな……アンジェの事を裏切ってたんだ!!」

「「「「……えっ?」」」」


 ギースが高らかにそんな事を宣言をしていくと、幹部達は皆ビックリとした表情を浮かべていった。


 もちろん幹部の皆も私とアルスが付き合っていた事は知っている。だって私達はクラン公認のカップルみたいな感じだったからね。


 という事でギースが私の代わりにアルスが私を裏切ってた事をしっかりと報告してくれた事で、私もスッキリとして皆にしっかりとこの件について報告する事が出来そうだ。


「え、えっと……? も、もしかしてアルスさんとアンジェさん……別れてしまったという話ですか?」

「えっ!? マジかよ!? 二人とも昔からめっちゃ仲良かったじゃんか? まぁ最近はちょっと倦怠期(?)みたいな感じにも見えたけど……仲が良いのには変わりなかっただろ? それなのに何で別れちまったんだよ?」

「ふん、そんなの決まってるでしょ。アルスが私に黙って浮気をしていたからよ!」

「ア、アルスが浮気だって? あんなにアンジェ一筋で凄い生真面目だったヤツが他の女に手を出すとは思えないんだが……」

「えぇ、そうよね、私もアルス君が浮気してたなんて初耳よ。私はこのクランに参加してから7~8年は経つけど、でもアルス君がアンジェちゃん以外の女の子とそんな夜遊びをしてるなんて話は今まで一度も聞いた事がないのだけど……」

「わ、私もです! アルスさんがそんな不埒な事をしてるなんて噂は一度も聞いた事がありません!」


 という事で私はアルスが浮気をしていたという事実をバラしていったんだけど、でも幹部達は皆怪訝そうな表情をしていった。どうやら幹部達は皆アルスが浮気するわけないと思っているようだ。


 私は幹部達にアルスが浮気してたのを信じて貰えなかった事にちょっとだけムっとしながらも、さらにアルスの話を続けていった。


「いや、そうなのよ。アルスは浮気してたの。ほら、皆だって覚えてるでしょ? アルスは今から二年くらい前から毎月行き先を告げずに何処かに旅に出て行ってたでしょ? 実はあれ……私や仲間の皆に黙って綺麗な女の人と秘密のデートに出かけて行ってたのよ! ね、そんな事をするなんて男として最低でしょ!」

「……えっ!? い、いや、それは……」

「……ふむ。それは本当の話なのか? アンジェはアルスの浮気現場を実際に見たという事なのか?」

「いや流石に浮気現場までは見てないわよ。でも私の十年来の親友から聞いたの。アルスが王都の繁華街で綺麗な女性と楽しそうに逢瀬を楽しんでるのを目撃したって」


 ジークは私に浮気現場を実際に目撃したのかと尋ねてきたので、私はすぐさまそう答えていった。


 私の十年来の親友がアルスの浮気現場を目撃したって言ってたんだからまず間違いない。アルスは私に黙って王都に行って逢瀬を楽しんでいたんだ。


 でも私がそんな話をしていくと、何故かセシルは表情を暗くさせていきながらさらにこんな事を尋ねてきた。


「え、えっと、アンジェさん……その話、アルスさんとちゃんと話し合ったんですか? もしかしたら勘違いという可能性だってあるんじゃ……」

「いいえ、アルスの逢瀬についての話し合いなんて一度もしてないわよ。でもアルスがこの街に帰ってくる時はいつも身体から女性物の香水の匂いがしてたのよ? それに女性の長髪を服に付けて帰ってきた事もあったのよ? こんなのどう考えてもアルスが毎回王都に行って女性と浮気をしてたっていう確実な証拠じゃない! だから私、アルスが今までずっと黙って王都で浮気を楽しんでたのが本当に許せなくて……」


 という事で私は友人から聞いたアルスの浮気話を皆にも共有していった。こんな酷い浮気話を聞けばきっと皆も私がアルスと別れる事になったのも納得してくれるに違いない。そう思ったのに……。


「……ふむ、これは……アルスの名誉のためにもちゃんと伝えておかねばならないな……」

「はい、そうですね、ジークさん……」

「どうしたのよ二人とも? 何か今の話で気になる所でもあったのかしら?」

「はい。あのですね、アンジェさん……アルスさんには今までずっと口止めをされてたんですけど……でもアルスさんが浮気をしてたなんて不名誉な事を言われてしまうのは忍びないので、その件について私達から訂正をさせてください。二年前から毎月アルスさんが何処かに旅に出かけてた件についてなんですけど、それは王都に逢瀬に行ってたわけではないんです。アルスさんは毎月……カルネ村に行ってたんですよ」

「……え? カ、カルネ村?」


 セシルは表情を暗くしたまま私に向かってそんな事を言ってきた。そして私はその村の名前を聞いて凄くビックリとしていった。だってその村って……。


「え、えっと……えっ? カ、カルネ村って……私とアルスの地元の村じゃない! と、というか何でセシルがそれを知ってるのよ?」

「アルスさんは毎日クラン業務が忙しい人でしたから。だからカルネ村に行く馬車の手配はクラン業務で忙しかったアルスさんの代わりにいつも私が用意してたんです。この件については街にある馬車の御者さんに聞けば事実だと教えてくれるはずです」

「えっ!? ほ、本当なのそれ? で、でも……何でアルスはカルネ村なんかに毎月帰ってたのよ……?」

「ふむ、それではここからはセシルに代わって私から話そう。この事は先程も言ったようにアルスに口止めされてたのだが……アルスはな、アンジェの母君を救うために二年前から毎月カルネ村を訪れてたんだよ」

「……え? お、お母さんを……助けるために……?」


 ジークが私に向かってそんな事を言ってきた。だけど私はその言葉の意味が全然わからなくて……私は怪訝とした表情を浮かべながらジークの言葉を繰り返していった。

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