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――俺のせいかもしれない。


 静音失踪の報せを受けた叶省吾が、真っ先に思ったのはその一言だった。


 省吾は響「何か知っているのではないか」という問いに「知らない」と答えたが、それは正しかったのだろうかと、持ち場へ移動しながら考えていた。


 省吾は、自身がしてきたことの全てが、静音を惑わすことでしかなかったと、改めて思う。


 だが、静音が失踪するとして、どうやって失踪したのか。その方法がわからない。


 九曜家の出入りの警備は厳重だ。正門を初め、数カ所ある出入り口には24時間体制で《能力者》が警備に当たる。壁には、能力者の結界を発動させる呪符が幾重にも重ねられ、文字通り蟻の子一匹這い出る隙間はない。


 また、《神木の巫女》は、《能力者》としてのスペックが高くても、それを外向きに使用する訓練を受けていないため、こういった事に役立つ能力を持っていないはずで、静音もそれの例に漏れない。無論、戦闘力も低いから、警備員を倒して外部へ脱出することも不可能だ。


 とするなら、誘拐の線はどうだろうか。


 《神木の巫女》に戦闘力が無いのは前述の通りで、並みの《能力者》なら、《神木の巫女》を無力化することなど簡単にやってのけるだろう。


 だが、その《神木の巫女》を、九曜家外部に連れ出す目的がわからない。


 また、連れ出されたとして、その《神木の巫女》は柊の《神木の巫女》が目的だったのか、それとも《神木の巫女》なら誰でも良かったのか。または、一人しか誘拐できなかっただけで、他の《神木の巫女》についても同様に狙われているのではないか。


 そういった考えが、省吾の脳裏に浮かんでくる。


――とにかく、《神木の巫女》を一所にあつめて、警備・護衛の人数を増やさねば。


 省吾は、耳元のインカムから、警備責任者である《要》の《甲》、榊正隆に上申する。《神木の巫女》たちの周りに死角ができぬよう、一番広い部屋に集合させ、実行部隊の隊長クラスに当たる《備》級の警備員を増やすことを提案したのだ。この省吾の提案に、一瞬の間があったが「是」の応えがあり、榊はその仕事自体を省吾に振った。


 《神木の巫女》の移動は速やかに行われた。《神木の巫女》たちが協力的だったのと、《神木の巫女》の控えの間としていた棟の端に、使用していない広めの部屋があったのが幸いしたのだ。


 《神木の巫女》の移動と共に、《備》をあつめる。また、榊の名で《要》にも招集をかけた。自身の掌握している《備》の人数では足りないため、日色兄弟に対しては、《備》の動員依頼も出す。


『《神木の巫女》が狙われているかも知れないというんだな。わかった』



 その日の夜は、寝具をその場に持ち込んで、《神木の巫女》たちには休んで貰うこととし、それを《要》以下警護班が二交代で警備することとなった。


 夜の間は何の異変も起きず、朝になった。


 《神木の巫女》たちは、不測の事態に備えたとはいえ、まったく慣れない環境に疲れが見えだした。


「いつまで、こうして居ればよいのでしょうか?」


 《神木の巫女》たちの間でそんな声が上がったのは、昼前のことだったか。


 年の若い《神木の巫女》たちは、一種の修学旅行のような状況に、おもしろみを見いだしている者もいた。だが、歴が百年を越えるような年老いた《神木の巫女》には、プライバシーも行動の自由も制限された状況に、憔悴しきってしまった者も少なくない。


 そもそも、この《継承の儀》にあわせて、無理にスケジュールを調整して集まった《神木の巫女》たちであるから、その疲労具合は、水から揚げられた切り花のようだった。

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