第四節 再会 1

 《神木の巫女》となった静音と再会したのは、それから更に六年後。


省吾が十八、静音が十七になった頃で、思わぬきっかけがあってだった。


 そのころ、省吾は実家の意向で都内の高校に通いながら、九曜邸で務めに励んでいた。高校は単位制を選んだ。九曜家の職務にも触らず、丁度良かったからだ。


 昼休み、食堂でクラスメートが写真を見ながら、食事をしていたのだ。


「……じゃんか。ここの文化祭、何時なんだよ?」


 いつもなら、こういった場とは、省吾は距離を取っていた。都心のエリート進学校の例に漏れず、通う生徒は、良家の隅々まで教育の行き届いたボンボンか、高校の先にある大学受験・官僚への道しか興味のないお勉強マシーンしかおらず、省吾のような未来が確定した人間が付き合う価値・釣り合う価値観を持つ者は少なかったからだ。


 しかし、この日は違った。足が止まったのだ。


――なんだ、お前の妹って百合ヶ丘女子校なのか。


 百合ヶ丘女子学院高等部は全国的に有名なお嬢様学校だが、省吾はその点に気を止めたわけではない。百合ヶ丘女子は、静音が通っている学校の名前だったのだ。


 静音の実家は、諏訪。信州・長野県にある。


 本来ならば、《神木の巫女》が神木のある実家を離れることはないのだが、静音はある事情で上京しており、その間だけ百合ヶ丘女子に通っていることを省吾は掴んでいたのだ。


 ある事情、というのは、無論、神木絡みだ。修行に入ったのが遅いからなのか、世間に馴染みすぎたせいなのか、《柊》の神木と静音の馴染みが悪いらしい。その馴染みの悪さを解消するために、都内にある《神木十家》と縁の深い由木神社に預けられているのだ。


 由木神社には、九曜家でも把握できていない事柄が幾つもあるという。その中の一つが、唯一神木の巫女を預かり、調整する技だ。


 由木神社には、《神木十家》が言うところの神木はない。だが、神木に類される木があり、井戸がある。そして、《神木の巫女》にあたる存在もいるということだ。だが、それ以上の情報が入ってこない。九曜が探りを入れても、得られた情報が圧倒的に少ないのだ。


 この九曜が把握できていない事柄は《神木十家》にとってもまた、同じく把握できていない事項だった。ただ、《神木十家》に各家に受け継がれた「こう困ったときは、このように対処せよ」といった口伝にある解決法の中には、由木神社と《由木の巫女》の名前がとても多い。まるで、神木関連のトラブルシューターだ。


 その由木神社に静音はいる。距離にしても、適切な移動手段を使えば一時間どころか三十分もかからない場所。


 だが、省吾は静音に会いには行けない。


 《神木十家》の人間は、由木神社に招かれない限り、境内に足を踏み入れることは禁忌だからだ。


 そして、なにより。何よりも重要なのは、自分が招かれざる客なのではないかと思わずにはいられなかったことだ。


 出しても帰ってこない手紙。


 出さなくなった手紙。


 何よりも、今更会って、拒否される方が辛い。


 省吾は、がむしゃらに九曜家を目指して、武官を目指した十二の時よりも、周囲が見えるようになっていた。


 《神木の巫女》の重要性を。


 武官としての才能。


 権力の中枢で立ち回ることのやるせなさ。


 そして何より、静音と自身の立場を。


「柊 静音って名前らしいよ」


 耳に飛び込んできた名前で、省吾は我に返った。


「今年になって、転入してきたんだってさ。普通、高等部からの編入はないから、よっぽどの事情があるんじゃないかって、優衣子が」


 今年から転入。符号が合いすぎた。


 普段は見下しているIT長者のボンボンが、油断しきった声で続けた。


「しっかし、この子、綺麗だなぁ。百合ヶ丘はこんな子ばっかりなのかな」


「文化祭に潜り込めば、本物を拝めるって……なんだよ、叶」


 省吾は、無言で写真を取り上げた。


「これは隠し撮りだろう。犯罪だ。この写真に写っている彼女にも失礼だとは思わないのか?」


「堅いこと言うなよ。盗撮だったとしたって、本人は気づいてないんだし、失礼も何もないよ」


 省吾は、この下司どもを、能力全開でぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。無論、そんなことをすれば、全員、命はないだろう。文字通り、跡形もない肉塊になる。


この六年で、省吾の能力者としての才能に裏打ちされた戦闘能力と破壊力は、増大していた。その気になれば、省吾は素手でコンクリートの壁も砕くくらいはできるのだ。


「ふざけるな」


 視線に剥き出しの殺意を乗せて、不心得なクラスメートをにらみつけた。一般人なら、夢に見させることができる程の殺意を。


 省吾に睨まれたクラスメートたちは黙った。


――下手なことをしたら、殺される。


 そう、その場の誰もが感じたからだ。


「他にはないのか。……全部出せ」


 居合わせたクラスメートたちは、先ほどまで写真を持っていた筒井を目で見た。


「筒井。おまえ内部進学組で、しかも成績ギリギリだったよな? こんな物で『ギリギリ』から『確実』になることもないだろう」


 内部進学不可が『確実』になる、と省吾は言ったのだ。確かに、盗撮写真を抱えて喜んでいる生徒を内部進学させるような学校もあまりない。エリート校ともなれば尚更だ。


 無念そうに、筒井は数枚の写真をクリアファイルから出した。写真はご丁寧にもPPでコーティングされていた。筒井は静音の盗撮写真をクラスメートに売りつけるつもりだったのだ。


 省吾は、筒井を殺しても、今の自分なら何とでもできるな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る