調律者 ―この世界の音を正す少女―

夢の猫

第1話

柔らかな光が、瞼の裏に差し込んできた。


意識が浮上する――けれど、思考はまだ濁ったまま。

私の名前は?ここはどこ?どうして、私はここにいるの?


その答えは、何ひとつ、浮かんでこなかった。


けれど、なぜか恐くはなかった。

むしろ、静かな温もりに包まれていた。


目を開けると、そこは――森だった。


深く深く、どこまでも澄んだ緑。

風が葉を揺らし、木漏れ日が舞うたびに、まるで森そのものが呼吸しているようだった。


そして、不思議なことが起きた。


小鳥たちがさえずり、

リスや小鹿が茂みから顔を出し、

それらすべてが――私に向かってお辞儀をした。


「……え?」


声はかすれていた。けれど、確かにそれは“私”の声だった。

彼らが私を“歓迎している”と、直感でわかった。


風が頬を撫でた。

それはまるで「おかえり」とでも言っているようで。


私は、自分の胸元に手を当てた。

鼓動はゆっくりと、けれど確かに鳴っている。


「……私は……」


名乗ろうとして、言葉が続かない。

記憶が、空っぽだ。


けれど、その瞬間。

どこか遠くで――音が聞こえた。


“キィィィィン……”


それは楽器の音ではなかった。

金属とも、水音とも違う。


けれど確かに――世界のどこかが、狂っている音。


私はそれを“感じ取った”。

理由もなく、確信だけが胸を支配する。


そう。私はこの世界の「音」を整える者――


――調律者。


この星が崩れないように、

この世界が、壊れてしまわぬように。


それが、私の役目。

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調律者 ―この世界の音を正す少女― 夢の猫 @yume_neko01

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