第26話

 こうして、狙撃部隊を紐で縛りあげることによって、ムラクモは安心してぐっすりと睡眠をとることができるようになったのだった。

 一晩寝てないせいか、ムラクモは熟睡した。

 クシナタも普通に睡眠をとった。

 縛りあげられたフヅキとタケルは、脱出の方法を模索したが、無理だった。

 紐で、柱に結びつけられ、遠くへ行くことができない。

 ナイフさえあればと、二人はとりあげられたナイフのことを思った。

 紐でしばられたまま、二人とも眠ってしまった。

 時空実験装置の完成には、まだ二十日はかかりそうだった。

 二十日間かけて、ムラクモとクシナタの二人が時空実験装置を組み立てた。

 その間、サクヤはムラクモたちの情報を握りつぶしつづけていた。

 そして、とうとう待ちに待った時がやってきた。

 時空実験装置が完成したのだった。

 千年前の時空実験の反省を生かして再設計しなおされた改良型だ。

 千年前の書類の改良案として書いてあった設計図のそのとおりにつくってある。

 この時空実験装置を起動するだけで、トキノマへの道が開くはずだった。

 サクヤはムラクモたちのいる広場までやってきた。

 突然、上官が現われたので、驚いたのはフヅキとタケルだった。

 政府官庁舎にいるはずのサクヤが直接やってくるとは思わなかったからだ。

 サクヤは拘束されている二人の部下に視線をやると、にやりと笑った。

 二人はぐうのねもでずに、しばられたままだった。

「あんたがまた来たのか」

 ムラクモはサクヤの顔を覚えていた。

 注意するべき危険人物の一人だ。

 トキノマの秘密を知っている政府の役人なのだから。

 これから、どんな行動に出るかわからない。

「これがトキノマへ行く機械か。よく作ったものだな」

 サクヤがいった。

「改良型です」

 と、クシナタが解説した。

「この二人にも教えてやればいい。この機械が、かつて世界を一度、滅ぼした悪魔の機械なんだとな」

 サクヤがいった。

「改良型です」

 クシナタが念を押す。

「おそらくだが、トキノマは楽園ではないぞ。トキノマへ行っても、無駄な苦労が増えるだけだろう。それでも、行くのか、トキノマへ」

 サクヤがいう。

「クシナタを家に帰さないといけないからね。それに、トキノマ伝説を封印しつづける六大陸政府も体制を変えなければならない。これからは、六人会議に代わって、七人会議が始まるんだ。トキノマが存在した事実を、伝説ではなく、はっきりとした情報として知らさないといけない。トキノマを秘密にしつづけた歴史を終わらせるんだ。秘密を解放して、解放された状態で世界を安定させなければならない。トキノマを内緒にしていた千年間が終わるんだ。六大陸歴が終わり、七大陸歴が始まるんだ」

「革命のつもりか」

 ムラクモの説明に、サクヤが文句をつけた。

「トキノマが現われれば、みんなが真実を知ることになる。革命とはちがうけど、みんなが真実を知ったうえで、どう行動するかを決めなければならなくなる」

「みんなが、わたしと同じような気分になるのだろうな。わたしがここへやってきたのは、もし、実験が再び失敗に終わった時、自殺してわびるためだ」

 サクヤがいった。

 ムラクモがそれに文句をつける。

「自殺してわびるなんて、まちがってるぞ。千年前に六大陸世界をつくった連中は、必死になって、地球が砕けた状態でもみんなが生きていけるようにするように頑張ったんだ。おれたちの時空実験が失敗に終わっても、また、千年前の大悪人たちに負けないだけの努力をして、世界を立て直さないといけないんだ。千年前以下の結果で終わるなんて、そんなことだけは嫌だぞ」

「お前にはわからないんだよ。世界の運命を本当に手のひらの上にのせられた時の気分がね。ちょっと傾いただけで世界が壊れ落ちていくのがわかるんだ。世界の運命は、今、わたしの手のひらの上にある。六大陸世界の最重要決定権を、今、わたしが握っている。六大陸政府が正しかったのかどうかを計るために、六大陸世界の命運を賭けている。わたしが上層部に一言でも連絡をすれば、十分で新しい狙撃部隊がここにやってくるだろう。しかし、連絡するには、まだ早い」

「あんた、どうする気だ」

「わたしもお前と非常に似ている。トキノマを探した理由は、知りたかったから、ただそれだけなんだ。楽園に行きたかったわけじゃない。わたしが今、政府に背任行為を行っているのは、教えてくれなかった政府への復讐のつもりだ。六人会議が本当に正しい判断をしてきたのか。六人会議がわたしよりも純粋だったのかを問いたい」

「装置は完成したぞ。あんたはそれを祝ってくれないのか」

 ムラクモがいった。

「はははっ、ああ、祝うさ。この世界が誕生してからの、二度目の大異変が行われるんだ。今日が新しい世界の記念日になるだろう。この実験で、再び決まるのだ。人類の存在が悪なのか、そうではないのかがな。この宇宙にあって、現在確認された中で、生き物の住んでいる唯一の世界を破壊してしまうかどうかがな」

「起動するぞ、クシナタ」

「うん。無事に家に帰れますように」

 サクヤは、もし時空実験が失敗に終わったら、本気で自殺して死ぬつもりだった。

 ムラクモとクシナタはそうではなかった。

 千年前の時空実験の事故の時に、生きのびた人々の頑張りは異常に強いものだった。

 その頑張り程度には頑張るつもりでいた。

 時空実験の装置に電源が入り、時空を歪ませるための加速が行われ始めた。

 臨界を超えた質量の衝突により、時空が歪む。

 時空を歪ませる地点を森の大陸の上空に設定する。

 うまくいけば、森の大陸の上空の時空が歪むはずだ。

 そして、ムラクモの予定によれば、歪んだ時空が誘発して、千年前にこの宇宙から姿を消した別次元閉鎖空間と空間がつながるはずなのだ。

 そして、その時に現われるはずだ。

 伝説の七番目の大陸トキノマが。

 ごごごごごごごごっと低い重低音が響いた。

 時空実験装置が予定通りに動いている。


 西暦2099年、人類の行った時空実験によって、地球という惑星が壊れた。

 我々の住む六つの大陸は、その時空実験で砕けた地球の欠片である。


 その爆発とともに、世界は生まれた。

 生まれた大陸はぜんぶで七つあった。

 森の大陸、砂漠の大陸、ビル群の大陸、海の大陸、山脈の大陸、滝の大陸、そして、トキノマの七つである。

 七つの平らな大地に、我々人類は住み暮らし始めた。


 千年前の時空実験で地球を砕いた装置が、今、再び発動しようとしている。

 六大陸歴1000年、ムラクモとクシナタの行った時空実験によって、森の大陸が砕けた。

 そして、歪んだ時空間が解きほぐれて、七つ目の地球の欠片、トキノマが現われた。

 それはいつの間にか、そこに現れたとしかいいようがなかった。

 それまで、何もなかったただの空だった場所に、新しい地球の欠片が出現していたのだった。

「くそうっ」

 ムラクモは苦痛の声をあげた。

 時空実験は失敗に終わった。

 ムラクモの立っている大地が揺らいで、傾いていた。

 森の大陸が砕けたのがムラクモにもわかった。

 クシナタがムラクモにしがみついた。

「死んじゃだめ」

 クシナタがいった。

 ムラクモは死のうかと思った。

 この事故でいったいどれだけの生き物が死ぬのだろう。

 森の大陸が砕けていくのが、ムラクモにははっきりと見えていた。

 激しい罪悪感がこみあげてくる。

 そして、それを追いかけるかのように、クシナタの声がムラクモを包みこんでいった。

 死んじゃだめだ。

 クシナタはムラクモにしがみついていた。

 ムラクモは心を落ち着かせようと必死だ。

 サクヤは上官に通信を入れた。

「時空実験が行われました。その結果、いくつかの異常が発生しているようです」

 サクヤの上官であるヤマヒコはそれを聞いて、急いで森の代表に通信を入れた。

 時空実験と聞いて、森の代表は二秒で、六人会議すべてに緊急事態の発生を告げる通信を送った。

 森の代表も、ヤマヒコも、自分の立っている大地が傾いているのを感じていた。

「時空実験が行われました。その結果、トキノマが出現。森の大陸は砕けています。報告は以上」

 サクヤが再びヤマヒコに通信を入れる。

「死ぬ暇もないな」

 サクヤがムラクモにいった。

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