第2話

 若者から老人まで、あらゆる老若男女が、伝説の大陸トキノマを知っていた。

 トキノマへ行けば、望みがすべて叶うのだという。

 六大陸世界に生きる者の理想郷、それが伝説の大陸トキノマだった。

 ムラクモは森の大陸の小さな村で生まれて育っていた。

 ムラクモの村にも、トキノマ探しをする旅人が何度も訪れてきていた。旅人が来るたびに、ムラクモはその旅人から、トキノマについての情報を聞き出していた。

 その旅人からの情報収集によって、ムラクモはトキノマ探しの当てが少しはできていた。

 トキノマ発見に最も近いと思われる旅人の話によれば、六大陸世界のそれぞれの大陸に

ひとつづつ、トキノマの正体を書いた粘土板があるのだそうな。

 すなわち、六つの大陸をすべてまわり、六つの粘土板をすべて確認することができれば、トキノマの位置がわかるようになっているのだという。

 ムラクモは長老にそのことを質問してみた。

「なあなあ、長老、どうしてトキノマへ行く方法を六つに分けたりなんかしたんだ。なんで、おれたちをトキノマへ行かせようとしないんだ。おれたちがトキノマへ行くのを邪魔しているのはいったい何者なんだ」

 ムラクモが問うと、長老は答えた。

「トキノマとは禁断の土地なのだ。伝説では、トキノマへ人が旅立つ時、この六大陸世界が滅びるのだという。だから、誰一人、トキノマへ行かせるわけにはいかないのだ。トキノマ探しは、この六大陸世界の命運を賭けた一大課題なのだ。それを、安易な気持ちで浮かれてトキノマを探しているようなやつらの手に、トキノマ行きの権限を委ねるわけにはいかない。ムラクモよ、トキノマへ行くのはあきらめろ。お主はトキノマへなど行かずに、この村で農業を営んで生活していくのが、いちばん幸せなのだ。六大陸が生まれてから、この千年の歴史の中で、トキノマにたどりついた者はひとりもいないのだからな」

 そう長老にいわれると、ムラクモはひどく落ちこんだ。

 気分が憂鬱になる。

 トキノマにたどりついたものはひとりもいない。

 今まで、何千人の猛者たちがトキノマを探して六大陸を旅したのかはわからないが、彼らはみな、トキノマを発見することに失敗して死んでいったのだ。

 ムラクモにトキノマの話を聞かせてくれた旅人もまた、トキノマへたどり着くことなく、死んでしまっているのだ。

 ムラクモにトキノマが探せるだろうか。

 ムラクモは憂鬱で、一晩中、落ちこんでいた。

 ムラクモはまだ子供で、トキノマ探しの旅に出ることはできなかったから、そのトキノマ探しの情熱を別のものにぶつけることにした。

 簡単にいえば、ムラクモは野球に情熱をぶつけることにしたのだ。

 ムラクモは子供の頃からトキノマ伝説にだけ情熱を燃やしていた子供だったから、その情熱をそっくり野球にぶつけると、その努力には凄まじいものがあった。

 ムラクモは五歳の頃からバットを振るようになった。

 ムラクモは六歳で、時速八十キロの球をバットに当てた。

 ムラクモは七歳の頃には、時速九十キロの球をバットで打ち返した。

 八歳の頃には、時速百キロの球を当てた。

 九歳では、時速百三十キロの球を打ち返した。

 十歳では、時速百五十キロの球を打ち返した。

 十一歳では、時速二百キロの球を打ち返した。

 十二歳では、時速三百キロの球を打ち返した。

 十三歳では、時速五百キロの球を打ち返した。

 十四歳では、時速七百キロの球を打ち返した。

 十五歳では、時速九百キロの球を打ち返した。

 そして、十六歳では、時速千二百キロの球を打ち返せるだけの打撃力をもつにいたったのだった。

 銃の弾丸は、だいたい時速七百キロから、時速千二百キロの間で飛ぶ。

 つまり、ムラクモは銃の弾丸を打ち返せるほどの打撃力をもつほどに成長していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る