訳アリ男性、魔法少女を拾う
キツネ油
第1話 訳アリ男性、魔法少女を拾う
ふと時計を見ると午前二時を過ぎ。
元々就寝時間は遅い方ではあったがここ数年は特にひどくなっている気がする。
そういえば昔この部屋で一緒に暮らしていた小娘が「この時間は丑三つ時って言ってお化けが出る時間なんだよ!!私はまだ会ったことは無いけど実際に会ったら怖くて泣いちゃうかも」などと言っていた気がする。当時の俺は「怪人どもを倒している魔法少女様が出会ったこともないお化けとやらに怯えてるなんて笑えるな」と小馬鹿にしたような気がする。そのあと小娘は、何かギャアギャアとわめいていた気がするが、今となっては思い出すことが出来ない。
「あの小娘が生きていた時は楽しかったなぁ…」俺は無意識に左手にはめた指輪を触りながらぽつりと呟く。
この時代はどこからやって来るか分からない怪人を退治するために魔法少女と呼ばれる者たちが日々戦っている。といった状況のため戦いと誰かの死が常にどこかでおきている少し治安が悪く笑える状態だ。
(いや訂正する、笑えるというのは完全に俺の主観だ。多くの人間にとっては笑えない状態だろう。そして俺にとっては魔法少女なんていう存在とは関わりたくない忌々しいものだ)
(そもそも俺は誰に向かって現状の説明と訂正を行っているのだろうか…この際だこの虚無に向かって自己紹介でもしてしまってもいいかもしれない)
(俺の名前は桐生 葵((きりゅう あおい))。数年前まで魔法少女だった小娘と暮らしていたが任務で小娘が死亡してから目的を見失ってこの部屋でそれまでの生活を繰り返している哀れな生き物だ)
「少し外にでも行ってくるかな」
正直こんな時間だ。ソファーにでも横になるべきなのだろうが、どうにも眠る気になれないので外を歩いて疲れようといった考えだ。近くの森林公園でふらついていればきっと気分もマシになるはずだろう。
俺は部屋の鍵を手に取り玄関に向かう。この時の俺は関わりたくなかった全てと関わることになるとは思ってもいなかった。
住んでいる部屋から歩いて二十分もかからない場所にある森林公園
ここには特別何か有名な名所があったり絶景があるなんてことはないただ無駄に広く木々と池くらいしかない場所だ。
小娘は「ここは何にもないけど紅葉が綺麗なんだよ。それに何でもない日常が残ってるのって私が…魔法少女として頑張る理由になるからここに来るたびに頑張ろうって思えるんだよ」と言っていた気がする。この場所が残っているならあの小娘が頑張った理由も残っているということだろう。などと考えたがこのまま考えればまた寝れない理由だけが増えると思い考えないようにする。俺は寝るために来たのであって感傷に浸るために来たのではないのだから。深呼吸をして気分を入れ替えるようにして歩き出す。野鳥も寝ているせいか風で揺れる葉の音ぐらいしか聞こえない。
「静かで歩くには良い時間かもしれないな」と無意識に口にした言葉が自分でわかる程度には静かな場所だ。いい気分転換になるかもしれないと思った瞬間、非日常を知らせる爆発音が辺りに響き渡った。
俺は後悔しながらも爆発音が聞こえた森林公園の奥に向かうのであった。
森林公園の奥に爆発音の原因がいた。夜中ということもあり容姿までははっきりと見えないがそれでも街頭に照らされている影が二つある。一つは三メートルは優に超えている巨体だ。おおよそ人間の物ではない長い鼻、大きく開いた口そしてその中に生えている鋭い牙が怪人であることを嫌でも理解させる。そしてもう一つの影は俺よりも小柄で百六〇センチに満たない背丈で肩で息をしているように見える。手には恐らく刀や剣の部類だろうか何かしらの刃物で応戦しているのが分かる。恐らく魔法少女だろう
(様子からして爆発は怪人側の攻撃だろうな。しかもあの爆発音だ十分もすれば魔法少女のお仲間が到着するだろう。ってことは俺が何かする必要もないだろう。早いとこ避難するのが一般人として正しいはずだ)そう思いこの場所から離れようとしたとき怪人が大きな声で喋り始めた。
「なぁ!!魔法少女!!俺様がこんなド派手な技を使うなんて思いもしなかっただろ!!お前の仲間が来て手も足も出ないまま倒されることになるからなぁ!!残念だけどよぉ今の爆発音は公園の外には一切聞こえてないぜ!!お前は一人で惨めに…いや派手に吹き飛んで死ぬことになるのさ!!」
(大声大会にでも出場すれば万年チャンピオンになれそうな声量だな…。それにしても怪人が魔力を保有しているのは珍しいな。それに言ってる内容からして少量の魔力ではないだろう。高度な結界魔法を使うことができ恐らく爆発魔法も扱えるあたり最低でも二つの魔法を扱える魔力を保有しているのだろう。しかも戦闘中に気づかれないように魔法を使用できるあたり戦闘経験もかなりあるだろう)
(高火力な爆発魔法に音すら遮断できる結界魔法を扱う怪人…そして豊富な戦闘経験か話題になって無いのが不思議だな)
頭の中に過った考えを俺はすぐに振り払う。関わらないと決めたものに自分から顔を突っ込んでいるのと大差ないだろう。しかし、このままにすればあの魔法少女は一人で死ぬことになるだろう。
(だがそれを承知の上で魔法少女になったはずだ。だから俺が助けに入る必要はない。例えあの魔法少女が死ぬことになっても…あの魔法少女が死んだことで俺みたいな奴が出来上がっても…俺にはもう関係の無いことのはずだ)
「私は!!みんなの笑顔が好きだから!!それを守りたくて魔法少女になったの!!だからこんなところで死ねないの!!魔法少女としてみんなを助けるの!!」
魔法少女は自分が魔法少女になった理由を咆える。自分を奮い立たせるために、再び自分に誓うために自分の剣に魔力も思いも乗せて渾身の一撃を切り込みに怪人に向かって走り出す。
「やぁぁぁぁ!!!!!!」
怪人も魔法少女を倒すために両手を前に掲げ魔力を集中させる。確実に仕留めきれる爆発魔法を発動させるために。
少女の剣が届く三歩外で怪人は魔法を発動させる。
「派手に逝きな!!」
轟く爆発音とこれまでにない硝煙が上がる。怪人自身もこれまでにない程の会心の一撃であると言い切れる自信がある威力であった。
「こりゃあ跡形もなく消し飛んだな」
怪人はニヤリと笑いながら言葉を発する。返事が返ってくるはずがないが自身の興奮を抑えるために言葉にする。
「そうだな、まともに食らえば上半身は消し飛んでいただろう。」
「なっ!?」
怪人は動揺する。それもそうだろう返ってこないはずの返事があっただけではなく戦いの最中に聞いたことのない声がするのだから。
「誰だ!!お前は!!」
怪人は後ろに飛びのきながら硝煙の向こうに見える人影に声を荒げる。
「てめえに名乗る名前はねえよ。...撤退しな、いくらそれなりの魔力があるからって維持し続けてる結界魔法に今の爆発魔法による一撃はかなり魔力使っただろ」
硝煙の向こうにいる人影は淡々と答える。
怪人はこの提案に乗るべきかどうか悩んでいた。実際魔力の消費は激しく結界魔法を維持しながら新たな敵と戦うとなると厳しいものになるだろう。もう一つ理由を挙げるなら気配が全くしないことだ、乱入されたことも硝煙の向こうに立っていたことも喋りかけられなければ気づかなかったからだ。ここまでの気配を消すことが出来るやつが弱いはずがない。ただそれでもそれほどの実力者なら戦いたいと身体が闘争を求めているのも事実であった。
そう悩んでいるうち硝煙が晴れていく。硝煙の向こうにいたのは先ほどまで魔法少女が持っていた剣を構えた男であった。背丈はおおよそ一八〇センチ前後程で筋力はあまりないように見えるガタイであった。男の後ろを見れば先ほどまで戦っていた魔法少女が倒れている。恐らく爆発魔法に巻き込まれる直前に後ろにでも引っ張ったのだろう。つまりあのガタイで魔法少女を引っ張れる筋力は有しているわけだ。
(困った。ここは素直に撤退してしまうべきか、それとも…)
「答えは出たか?俺としては提案通り撤退してくれると助かるんだがな」
目の前の男はまるでこちらの頭の中を見ているかのようなタイミングで話しかけてきた。男は剣を半身で構え剣先を俺に向けたまま止まっている。もし不審な動きを取れば斬りに来るだろう
「ああ、お前の実力がどうであれ流石にこの状況は不利だからなぁ」
数拍置いて「撤退させて...貰うよ!!」
怪人は言葉と同時に左腕を男に突き出す。そして左手から遅れて右腕も突き出す。
爆発魔法の時間差攻撃...これが怪人が短時間の中で考え出した答えであった。
(タイミングも間合いも問題ない。仮に左腕が切り落とされても右腕までは間に合わない!!この男を始末したあとでゆっくりと魔法少女を仕留めればいいだけだ!!)
「はぁぁ、おとなしく撤退しておけば痛い目に合わないのに」
その瞬間、怪人に鋭い痛みが走る。怪人の目には宙を舞う自身の両腕と鮮血が映っていた。片腕ぐらい問題ないと考えていたが同時に両腕が斬り飛ばされるの想定していなかった。
「グァァァァァ!!!!!!」
怪人の目には男の剣筋が全く見えなかった。自分が剣で斬られたのか突かれたのかすらわからなかったのだ。
怪人は斬られたのか尋ねようにも痛みで声を発することが出来なかった。言葉にならない声を上げることしかできなかった。
「今のは突き技だ。二回突いたが君の眼には見えただろうか?見えていたなら俺の剣の腕はかなり落ちているし見えていなかったならそれほど実力差があるってことだ。」
男は一呼吸置いてもう一度尋ねる。
「撤退してくれるかい?君の腕ならきっと治療して安静にしていれば元に戻るだろ」
そんなことを言う男を前にして怪人にもう選択肢は無かった。
「俺の名前はバリエクス!!この屈辱はいつか払ってもらう!!」
そんな捨て台詞を吐いて怪人は常闇の中へと消えていった。
森林公園は再び沈黙に包まれる。
「はぁ…このままこの魔法少女を放置してもいいが…そうもいかないよな」
そういうと俺は魔法少女を抱えて家に戻るのであった。
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