四季の環

天蝶

第1話 春の芽吹き

桜の花びらが、春の風に舞っていた。1920年代の山村、朝の光が川面に反射して、キラキラと揺れていた。


私は、6歳の山田花子、母の手を握って村の広場に立っていた。

目の前には、大きな桜の木があって、ピンクの花が空を覆うみたいに咲いていた。

父が「花子、きれいだろ?」って笑うから、私は「うん、きれい!」って叫んだ。桜の花びらが私の髪に落ちて、くすぐったくて、笑っちゃった。


母「花子、気をつけなさいよ。転ぶよ」


母がそう言って、私の手を強く握った。母の手は温かくて、ちょっと汗ばんでた。


私は「大丈夫だよ、母さん!」って笑って、桜の木に駆け寄った。木の根元に花びらが積もってて、まるでピンクの絨毯みたいだった。私はしゃがんで、花びらを手に取った。柔らかくて、ほのかに甘い匂いがした。


花子「これ、持って帰っていい?」


私が母に聞くと、彼女が「いいよ。でも、桜は木に咲いてるのが一番きれいだよ」って笑った。


私は「うん、でも欲しいな」って言って、花びらをポケットに入れた。


母が「ほんと、花子は欲張りね」って私の頭を撫でた。


村は小さくて、山に囲まれてた。家は20軒くらいで、みんな顔見知り。

私の家は川の近くで、木造の古い家だった。


父は畑を耕して、母は家事をしながら村の女の人たちと井戸端会議をするのが日課だった。

私は毎日、家の周りを走り回って、川で石を投げたり、草むらで虫を追いかけたりしてた。


春は特に好きだった。だって、桜が咲いて、鳥が歌って、全部が生きてるみたいにキラキラしてたから。


その日、村で春の祭りがあるって、父が朝ごはんの時に言った。


父「花子、今日は特別な日だぞ。桜の神様に感謝するんだ」


父の声は低くて、優しかった。

私は「桜の神様? どんなの?」って聞いた。


父「うーん、桜の木に住んでる、優しい神様だよ。花子が生まれた時も、見守っててくれたんだ」って笑った


花子「ほんと? 私、桜の木で生まれたの?」


私が目を丸くすると、母が「そうよ。桜の木の下で、花子が生まれたの。あの春、村中が祝福してくれたのよ」って言った。


私は「へえ、すごい!」って叫んで、胸がドキドキした。桜の木が私の始まりなんだって、なんだか誇らしかった。


祭りの準備で、村は朝から賑やかだった。広場に提灯が吊るされて、屋台が並び始めた。焼き魚の匂いが漂って、子供たちが走り回ってた。

私は母に手を引かれて、広場に行った。

桜の木の下には、村の古老たちが集まって、太鼓を叩いてた。ドンドンって音が響いて、なんだかお腹の底まで震えた。


父「花子、ほら、あれが太郎だよ」


父が指差した先に、男の子がいた。私の歳くらいで、日に焼けた顔に、ボサボサの黒い髪。ズボンの膝が泥だらけで、ニコニコ笑ってた。

「太郎、こっちおいで!」って父が呼ぶと、彼が駆け寄ってきた。


太郎「こんにちは、花子ちゃん!」


太郎がそう言って、私に手を振った。私はちょっと照れて、「う、うん、こんにちは」って返した。


父が「太郎はうちの隣の家の子だ。仲良くするんだぞ」って笑った。

私は「うん」って頷いて、太郎を見た。彼の目はキラキラしてて、なんだか楽しそうだった。


太郎「花子ちゃん、祭り、楽しみ?」


太郎が聞いてきた。

私は「うん! 桜の神様に会えるかな?」って言うと、彼が「会えるよ! 桜の木に話しかければいいんだ!」って笑った。


私は「ほんと? じゃあ、やってみる!」って言って、桜の木に駆け寄った。

桜の木は大きくて、枝が空を覆うみたいだった。


私は木の幹に手を当てて、「桜の神様、こんにちは! 花子だよ! ありがとう、きれいな花だね!」って叫んだ。


風が吹いて、桜の花びらがパラパラ落ちてきた。

まるで神様が答えてくれたみたいで、私は「わあ、すごい!」って笑った。


太郎がそばに来て、「ほら、返事してくれたよ!」って言った。


私は「うん、ほんとだ! 桜の神様、優しいね!」って言って、二人で笑った。

父が「ほら、二人とも、祭りが始まるぞ」って呼ぶから、私たちは手を繋いで広場に戻った。太郎の手、ちょっと硬くて、温かかった。


祭りは、村の人がみんな集まって、歌ったり踊ったりする時間だった。太鼓の音に合わせて、女の人たちが扇子を持って踊ってた。

母もその中にいて、赤い着物がきれいだった。私は「母さん、かっこいい!」って叫んだ。

母が笑って、私に手を振ってくれた。


夜になって、提灯に火が灯った。桜の木がオレンジ色に照らされて、まるで夢みたいだった。

私は太郎と一緒に屋台を回って、りんご飴を買ってもらった。甘くて、シャリシャリして、美味しかった。


太郎が「花子ちゃん、顔に飴ついてるよ」って笑うから、私は「え、どこ?」って慌てて頬を拭った。


彼が「そこじゃない、こっち!」って指差して、二人で笑い合った。


広場の真ん中で、村の古老が話を始めた。


古老「この桜の木は、村が生まれた時からここに立ってる。命の木だよ。春に咲いて、夏に葉を茂らせ、秋に色づき、冬に眠る。人間も同じだ。生まれて、育って、老いて、そしていつか土に還る。それが命の巡りだよ」って。


私はその言葉を聞いて、なんだか胸がドキドキした。


命の巡り…か。桜の木と私、繋がってるのかな。


太郎が「花子ちゃん、難しい話だね」って小声で言った。私は「うん、でも、なんかすごいね」って呟いた。


祭りの最後、みんなで桜の木の周りに集まって、歌を歌った。


「春が来て、桜咲く、命の輪が巡るよ」って歌詞だった。


私は母の手を握って、歌った。声が小さくて、ちょっと恥ずかしかったけど、楽しくて、笑っちゃった。太郎が隣で大きな声で歌ってて、なんだかおかしかった。


歌が終わると、風が吹いて、桜の花びらが舞い落ちてきた。

村の人たちが「わあ!」って歓声を上げて、私も「きれい!」って叫んだ。


花びらが私の髪や肩に落ちて、まるで桜の神様が抱きしめてくれるみたいだった。


花子「花子、ずっとここにいたいな」


私が呟くと、父が「大丈夫、春はまた来るよ。花子が生きてる限り、桜は咲くから」って頭を撫でてくれた。


私は「うん、約束だよ!」って笑った。

父の言葉を信じてた。


桜の木も、村も、家族も、ずっと一緒だと思ってた。


家に帰る途中、太郎が「花子ちゃん、明日、川で遊ぼうよ!」って言った。


私は「うん、いいよ! 魚、捕まえようね!」って返した。


彼が「よし、約束!」って笑って、走って帰っていった。私はその背中を見ながら、胸が温かくなった。太郎、友達だ。桜の木も、友達だ。


家に着くと、母が「花子、楽しかったね」って抱きしめてくれた。


私は「うん、すっごく楽しかった! 桜の神様、ほんとにいたよ!」って言った。


母が「そうね。花子の心にいるよ」って笑った。私はベッドに潜り込んで、ポケットから桜の花びらを出した。少ししおれてたけど、きれいだった。


目を閉じると、桜の木が頭に浮かんだ。花びらが舞って、村が笑ってた。

私は「また来年も見るよ」って呟いて、眠った。


春の夜は、温かくて、優しかった。

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