3皿目 波卵(はらん)

 戦場は混迷を極めていた。


 本来ならば、魔王を打倒すべく手を取り合うはずの勇者と騎士。だが、両者は既にその気など毛頭なく、激しくぶつかり合い、火花を散らしていた──卵料理への信念で。


「黙れ、勇者などと持ち上げられただけの脳筋め!」

 騎士は指差しながら吠えた。

「お前はただ、目玉焼きの見た目に惑わされているだけだ! あの艶やかな黄身の誘惑に騙されている! 本当の美味しさは、ふわとろのオムレツの中にあるのだ!」


「くっ……なんという情けなさだ、騎士よ!」

 勇者も負けじと反論する。

「オムレツなど、調味料や具材でごまかされたまやかしだ! 素材そのものの力を信じられぬ者の食べ物だ!」


 そんな二人の争いを、玉座に座る魔王が楽しげに見下ろしていた。


「フフフ……どちらも愚かだな。」

 魔王は手にした杖を軽く揺らしながら言った。

「真の美味しさは、混沌の中に宿る。そう、スクランブルエッグのようにな」


「なにをぉぉぉぉ!」

 勇者が声を荒げる。

「スクランブルエッグもオムレツも、虚飾にまみれた者の選ぶ料理だ!」


「いや、勇者よりは魔王の方がマシだ!」

 騎士も叫ぶ。

「目玉焼きなど、清廉さとは真逆の料理! 白身の裏のカサついた焼き目の存在は到底許されるべきではない!」


 口論は激化し、もはや剣よりも言葉の刃の方が鋭い。


 だが、その時だった。


「……まあ、スパニッシュオムレツも捨てがたいな。」

 魔王が何気なく、だが意味深に呟いた。

「具だくさんでボリュームがあり、野菜も摂れる。朝昼晩、いずれの時間帯にも適している……」


「な、なんだと!?」

 勇者が絶句する。


「魔王め……一体、どっちなんだ!」

 騎士も顔を青ざめさせた。


 まさかの新たな卵料理の登場に、勇者と騎士の信念は揺らぐ。


「くそっ、これは魔王の策略だ!」

「我らの純粋な信仰を揺さぶる言葉を、わざと放ったのだ!」


 だが、二人は次第に己を取り戻していく。


「その通りだ! 我々は誘惑に屈してはならない!」

「正義を貫く者として、この邪悪なる揺さぶりに打ち勝たねばならん!」


 二人はにらみ合いを止め、背中を預けて再び共に立ち上がった。一時は卵料理を巡って決裂した二人──だがその心には、揺るぎない正義の火が灯っていた。


 魔王はそんな二人を見て、口元を緩める。


「誘惑? 違うな。これは提案だ。」

 その声には嘲りと、妙な優しさが混じっていた。


「貴様らも、時々思うだろう? 『卵だけだと、食感も味も物足りない』と。スパニッシュオムレツは、そんな迷える子羊たちへの道標なのだよ。」


 静寂が落ちる戦場。勇者と騎士は、ついに悟る。


 この戦い、想像以上に面倒くさい。

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