第八章 夏休みの終わりと友だち
01 みんなの対策会議
「吉田一郎。享年十七歳。本籍は東京都杉並区。大手ITベンダーでマネージャー職の父吉田翔平と公立中学校教諭の母吉田文子の一人っ子。両親共に前科前歴ナシで都内の分譲マンション暮し。一郎の死後は特別養子縁組で七歳の女の子を引き取り、現在その子を養育中のようです」
「家庭には、問題なし……特別養子縁組の審査ってのはムチャクチャ厳しいよな?」
「そう考えていいと思います。学生時代に特筆すべき事柄は特になし。同級生たちによればイジメられはせず、イジられもせず、といった具合の影の薄さだったそうです……本人は気付いていなかった、とのことなんですが、当時の学校裏サイトやクラスラインでは、彼のことをKK1、キモくてクサい一郎、と名付けていたグループがあったことを考えると、まあ……」
「まあ、大なり小なりそういうことだろうな。他は」
「部活には所属せず、恋人、友人と呼べる間柄の相手は小学生まで遡っても皆無。ネット上では幾つかのアカウントでSSやなろう小説を投稿してたようですが、目だった反応は特になし」
「読んだか?」
「一応目は通しました……が、まあ、特になにか、感想のある出来ではなかったですね。リアクションがあった作品もありませんでした。彼が亡くなった事故は五年前、歩道に乗り上げた運送のトラックにはねられ即死……事故について調べましたが、不審な点はありません。睡眠不足の居眠り運転による歩道突入、まあ、二重の意味でよくはないですけど、よくある事故でしょう。ドライバーは実刑判決、現在市原に服役中です」
「稀によくある、ってやつだな」
「よくそんな古いミーム知ってますね」
「……最新のじゃないのか?」
「二昔……それこそ、この子が」
若い刑事、早乙女は、デスクの上の書類を指した。異世界勇者のヨシダではない、地球の日本人、吉田一郎についてまとねた書類。
「地球にいた頃のミームじゃないですかね」
「五年前が二昔、なのか」
「ネットの話ですからね、もっと前かもな」
平然と言い早乙女は続ける。魔法で治癒したOpusたちが集まる、魔法で復旧した事象庁ビルの二階、会議室。
「お気に入りの場所があるとしたら、書店か図書館……どちらでも、かなりの回数、同級生が見かけてます。ですが……」
「五年前だろ、本屋は潰れてるんじゃないか?」
「書店はそうですね。図書館も改装工事でかなり様変わりしてます。彼が現れる場所を選べるとしたら、可能性は薄いかと」
腕組みをして息をつく早乙女。
そこで、アマネが手を上げて言った。
「あのー、なんかこう、そのヨシダさんが来たらわかる結界……センサー? 的な魔法ってないんですか?」
デスクに腰掛け話を聞いていたルフィアが答える。
「できるにはできる。だが、センサーで感知して、人員を送り込んで、それにかかる時間を考えると……そうだな、少なくともヨシダならその間に、数十万人は殺せる」
今度はバグぴが大きく息をついた。来客用のソファはふかふかすぎて、どうにも居心地が悪い。
「……異世界転移の仕組み的な面からはどうなんですか? 転移の時はこういう場所に行くことになる……みたいなのがあったら、あいつがどこにあらわれるかの予想もしやすいと思うんですけど」
バグぴの言葉に、ルフィアは首を横に振った。
「たしかに、それはあるかもしれない。彼がこちらから異世界に転生した場所になる……なんてことは、可能性が高いかもしれない。だが……」
また、ルフィアは、首を横に振った。
「ヨシダはラプラシアと手を組んでいた。そしてラプラシアは、光となって情報を異世界に持ち帰った。あの最期はおそらく……いや、十中八九、そうだ。すると一番可能性が高いのは」
ルフィアは立ち上がり、会議室の巨大モニタに映し出された日本地図の前に立つ。
「アイツがそういう縛りのない異世界転移の量子魔法を開発して、この世界に攻め入ってくること、だ。我々はなんとしても、それを防がなければならない。総理によると私たちが失敗すれば……東京、関東一円を焦土と化しても止める、そうだ。まあ、妥当な判断ではある」
重すぎる言葉に、一同息を呑む。
「ですが、局長。魔法開発はラプラシアの特殊技能で、彼女なき今、それは無理なのでは?」
相変わらず地雷系ファッションに身を包んだΩ7が言う。
「たしかに。だが……自分を光と化して地球の情報を伝えられるなら、彼に魔法開発の技術を伝えるのも容易い、と想定しておいたほうがいいだろう。言うなれば、ラプラシアの悪霊に取り憑かれている、とでも言うような」
:ルー姉ってワープの魔法使えるんじゃないの?
:ルー姉の魔力量は全盛期の十分の一定期、駆けつけても戦力にはならんしょ
:元住所、学校、図書館に人員を分けて配置する
:オレ吉田と同じ様な学生時代だったけど、異世界から帰ってきて日本を滅ぼすとしたら、家にも学校にも行かない、まず議事堂と皇居抑えて、それから自衛隊駐屯地潰して回るだろjk
:ワイ習志野駐屯地勤め、ヨシダ来たら今期のアニメを一緒に見ながら説得します
:自衛隊駐屯地より先に米軍基地じゃない?
:っていうか世界征服するなら日本行く必要ある?って話じゃない?
:吉田が人類を滅ぼすのって確定なの?仲良くできるんじゃないの?地球滅びたらオタク文化も滅ぶし
:異世界と地球で貿易してアキバにモノホンのエルフがいるような感じにしてくれたらヨシダ全力支持します!
:おまわりさんこいつ売国奴です
:五十人以上殺されてる後でそんなん言えるのは流石に平和ボケ
:本官はニューナンブより魔法の杖を携帯したいであります!
「アマネさん、コメントはどんな感じだ?」
知恵は多い方が良い、と、ルフィアの指示でこの会議を配信していたアマネは少し面くらい……そしてなんとかまとめる。一応、概要欄で自分が知っていることはすべて書いておいた。隠している魔法の秘密をこんな風に漏洩していいのか、ドキドキしたけど……そもそも、他言はできないようになっている。さらに、視聴者が百人を超えると使用できるようになった【アバター】スキルがある。これは配信画面に映る人物に、適当な容姿をかぶせられる力で、身バレの心配もなくなる。魔王の権能は地球に来ると、本当に配信風にアジャストされるらしい。配信を見ている人数=魔王としての力、になるようで、そのうち【同時視聴】や【人狼風ゲーム】もできるんじゃないかと少しワクワクする。
「えーっと……まず、ヨシダさんが地球に敵対してるのは確実なのか、それと、人類を滅ぼしたり、世界征服したりが目的なら、日本は後回しになるんじゃ、って……そんな感じ、かな……?」
その意見には、バグぴが大きくため息をついた。
「あー、あの、少し、いいですかね」
そしてようやく決心がついて、言った。
「ルフィアさん、直したばっかのとこで悪いんですけど……また、ここ、壊しても大丈夫ですか?」
「それは……ヤツをここにおびき寄せる、ということか? それができれば……周囲への被害は出ない、職員は退避させておけば人的損害も最小で済む……アイツがこの裏の世界に入ってこられるか、は……ここが目的地になれば、押し入ってくるだろうな。だが、どうやって? ここにお宝でも置いておくのか?」
バグぴは、思う。
吉田一郎のことを、思う。
彼がどんな人間なのかを、想像する。
そうすると、どうしてか、思うのだ。
「僕が、立ってます」
きっと、昔の僕みたいなやつだ。
学校では存在してなくて、ネット上でもおんなじ感じで、ここにいるぞ、ここにいるぞ、って叫びを悪意の形でしか発信できなくて。
そして……そして。
「そしたら、絶対、そこに来ます。どんな魔法を開発して、使って……そのために数百万人生贄に捧げることになっても、絶対、僕を探して、僕を殺しに来る……ああいや、ルフィアさんも目標にはなるでしょうけど」
たぶん、たぶんだけど、いや、絶対。
異世界で、ラプラシアと出会って。
気が、あったはずだ。
一緒にいて、楽しかったはずだ。
あんな……あんな、人間のことより、自分のことより、魔法のほうが大事だ、なんて、やつなんて。
バグぴはちらり、アマネを見た。
「……ヨシダは……仲間の仇討ちに重きを置くようなヤツでは、ないぞ」
ルフィアは苦い顔で言う。
「まあ、でしょうけど。でも……」
バグぴも苦い顔で答える。
「僕がアマネを殺されたら、って考えると、絶対、そうです。相手が人類だったら人類を滅ぼしますけど、でもまず、アマネを殺した相手を殺しに行きます。ヨシダはたぶん、ですけど……僕みたいなやつでしょうから。僕らみたいなのは、そうするんです。それは仇討ちとかじゃなくて……なんていうか……自分のため、なんです」
再配達が来るから家を出られない、程度の当たり前の事を言うように、バグぴは平然と言い放った。ルフィアは珍しく驚きに目を見開き、Ω7はやや眉をひそめ、早乙女は口笛を吹き、荒巻は少しため息をつき、コメントでは互いのガチ恋勢が暴れ回った。
しかし、アマネは真顔で、思った。
違う。絶対に違う。
キミは、絶対に、違う。
けれど、口には出せなかった。何がどう違うのかは分からなかったし、酷いことを異世界でやっている、と聞いても結局、そのヨシダとやらには会ったことがない。何より、少し、納得もしていた。
自分の過去に興味がないバグぴは、きっと。
人の過去にも興味がないだろう。
ひょっとしたらそもそも。
人に、興味がないかもしれない。
人の感情より自分の好奇心を優先するバグぴが、異世界に行ったとしたら……何をしていただろう? そこでもし、ラプラシアと出会って……人の生贄を捧げれば、強力な魔法が使えると知ったら? 私と、あの部屋にいた時みたいに、笑ってるんじゃない? ねえ、違う? 人を殺せる魔法を実験するために、殺しても問題のない人を見つけてきて、実験するんじゃない? バグぴはそんなことしない、って言える?
違う。絶対に、違う。
そう思うと、腹の底が熱くなって、なんだか泣きたいような気分になった。
「ふむ……現状……それが一番の策では、あるか」
ルフィアは、バグぴとアマネの顔を交互に見つめ、難しそうな顔をしながら言った。
やがて会議は終わり、それぞれがそれぞれの職責を十全に果たすため、動き始めた。だがアマネはそんな中、なかなか、動き出せなかった。
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