魔物がやたら社交的すぎて、人見知りの女剣士にフレンド申請が殺到中

ぜぶら。

第1話

「なぜ、見逃したと聞いておる!!答えんか!!」


唾を飛ばしながら問い詰める貴族の声が耳に響く。だが、その声の先で私は、討伐対象だった魔物の親子を思い出していた。


傷だらけで倒れそうな母親の後ろに、震えながら隠れる子どもたち。その視線を受けた瞬間、剣に込めた力をわずかに緩めた。


私が現場に到着した時、すでに他の戦闘員たちがその魔物を瀕死の状態に追い込んでいた。その代償で、戦闘員たちは無残にも地面に倒れ込んでいる。生死すらもわからない。


(あぁ、この魔物を殺せば、この子たちはどうなるのか。)


自分との過去を重ね、感情が揺れ動く。もちろん、母親を討った後、子どもたちも同様に討伐する予定である。



「何をしている。さっさと討て」


後ろから、名ばかりの隊長が私の背中を足で押し、焦らせる。その瞬間、ピコンと音が鳴った。



不意に響くその音に思わず辺りを見回すが、何も見当たらない。ただの一瞬、視線を外した瞬間――目の前に現れたのは、『ゴルベットの子からフレンド申請が届きました。』という文字だった。


(なに、これ)


その文字の下には、「承認」「拒否」の二文字。


私の背中を押し続ける隊長に、時間をかける余裕などない。とりあえず、「承認」と心で念じた。すると、『ゴルベットの子とフレンドになりました』という文字が浮かび上がる。


(ワタシタチ、ナニモシナイ。ニンゲンオソワナイ。コロサナイデ)


「なっ、」


「いい加減にやらんかっ!」


痺れを切らした隊長が私を蹴り飛ばし、魔物の目の前に倒れ込む。母親の魔物はもう戦闘する体力がないのか、私を睨むだけだ。


(オカアサン、マモルタメニニンゲントタタカッタ。サキニオソッテキタノソッチ。)


間違いない。目の前の子どもたちが話している。状況的に私以外、この声を聞いている者はいない。魔物が人間と意思疎通したなんて、今まで聞いたことがない。


私はゆっくりと起き上がり、魔物の親子の方を見つめる。子どもたちの震えた目。その視線に、心が揺さぶられる。


(.....この声が本当に彼らの言葉なら、)


討伐命令を受けた者として、感情で動くことは許されない。国を守るためには、魔物を討つのが正しい――そのはずだ。これまで何度もそうしてきた。しかし、あの子どもたちの訴えを、どうしても無視できなかった。


再び、その声が耳に響く。


(オカアサン、マモルタメニニンゲントタタカッタ!サキニオソッテキタノソッチ!)


その声は、明確に私に語りかけてきていた。今まで聞いたことのない、魔物の言葉が耳に届く。それは、明らかに意志がこもった言葉だった。


私は足元に落ちている剣を手に取る。その手は震えていた。初めての感情が、否応なく溢れてくる。


「くっ…。」


後ろから、名ばかりの隊長の怒声が聞こえる。だが、私はその声を無視し、ただ目の前の魔物親子を見つめ続けた。


(殺すべきか、救うべきか?)


(ワタシタチ、ナニモシナイ!ニンゲンオソワナイ!コロサナイデ!)


その声は、私の内で響き続けている。


「もうよい!!」


痺れを切らした隊長が剣を取り、魔物の親子に切り掛かる。


私は一歩踏み出す。その足音が、周囲に響く。




「貴様!!!!」




隊長の剣を自分の剣で受け止め、魔物を守る姿勢に入った。隊長の怒声が再び耳に入るが、今はそれに耳を傾ける余裕がない。


「いい加減にしろ、くそガキが!!」


力を込める隊長の剣を弾き飛ばす。その剣は遠くの方で音を立てて落ちた。


「……彼らは、殺しません。」


震える声でそう言った瞬間、辺りの空気が凍りついた。


「……なんだと?」


隊長の顔が、みるみるうちに怒りで真っ赤に染まっていく。


「命令に逆らう気か?いいか、命令に従わないなら――お前も討伐対象だぞ?」


隊長の言葉と同時に、生き残っていた戦闘員たちが剣を構える。しかし、その剣先は戸惑いからか僅かに震えていた。


彼らの目には迷いが宿っている。誰も、真っ直ぐに彼女を睨みつけることができない。



「…彼らは敵ではありません。どうか、」



戦闘員たちが信じられないという目を彼女に向ける。魔物の子どもたちが、母親の背中越しに彼女を見つめていた。


(アリガトウ、マモッテクレテ)


また声が響く。もう錯覚ではない。この声は、確かに私だけに届いている。私は彼らを背に庇いながら、ゆっくりと魔物親子が森へと帰っていくのを見届けた。


ほっとしたのも束の間、隊長が乱暴な足取りで近づいてきた。私の伸ばしっぱなしの髪を乱暴に掴むと、拳で頬を殴られる。血の味が口の中に広がった。


「裏切り者を連行する!!」


手首に繋がれた鎖に、私は抵抗しなかった。背中に感じる魔物の気配が遠ざかっていくことだけを確認する。


――それで、いい。



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